16-15 中陸奥の製鉄業③
鉄を売った翌日に出発するのは、当初の予定通りだ。
あの場では鉄を持って来るためという言い方をしたが、最初からそのつもりであった。
俺は状況をみんなに話したが、俺を含め、全員が一つの可能性を想定する事になった。
その状況ならこんな事も有り得るだろう、と。
俺たちが仙台市から出ようとすると、数人のドワーフに道を阻まれた。
「昨日の鉄売りの商人だよな? 現地で鉄の買い付けがしてぇ。ちゃんと金は出す。連れてってくれや」
「無理です」
みんな来るだろうなぁと考えていたが、本当に来たよ。
鉄が思うほど手に入らなかった工房は、俺たちに頼らず独自の流通ルートを確保しに来るだろう、と。
想定された状況なので、心の準備は万全だ。
俺はあっさりと断りの言葉を口にした。
俺たちが同行を求められる状況を想定していたように、相手は断られる可能性を想定していたのだろう。
あっさりと言った俺の言葉に驚く素振りや不快な表情を見せることなく、ドワーフらの代表は妥協点を見出すために交渉を続けようとする。
「なぁ、何で駄目なのか理由を教えてくれねぇか?」
「足の速さですね。こちらは特殊な移動をするので、普通の人だとまず付いて来れません。山の移動に慣れた馬でもいるなら可能性はありますけど」
一番の理由はほぼ初対面で名前も知らない相手を信用できないからだが、そこは口にしない。
それ以外の大きな理由、移動手段について簡単に説明し、無理だと言い切る。
彼は移動を遅らせ、自分が付いて行けるかどうかを試したいというような事も口にしたが、こちらがそれに合わせる理由が無いのできっちり断った。
「じゃあ、アンタらの店で最寄りの店舗はどこにある? 連れてってもらえないなら自分らだけで行く。場所だけ教えてくれ」
「国を4つ越えた先にある美濃の国の西寄り、大垣市の近くにある神戸町ですね」
どうしても付いて行きたいと粘られたが、脈無しだと判断したドワーフは、同行を諦めて自分たちだけで行く事にしたようだ。
そこまで拘る理由は移動時間の関係で、遠くの国まで行くのだから、旅慣れた案内人が欲しかっただけのようだけど。長距離になればなるほど、地理に明るくないと余計な時間をかけてしまうからね。
一刻も早く鉄が欲しいというのであれば、それも仕方の無い事だ。
俺だって仙台市が有名だからある程度の位置関係が分かり、どのように移動するのか頭の中で思い描くことができたが、例えば「アメリカのフロリダからニューメキシコのフェニックス空港まで行ってこい。ネットの使用は禁止だ」と言われても、どんな移動手段があってどんなふうに動くのが最善かは全く分からないので、案内人は必須である。
案内人は土地のそれぞれで雇う事もできるけど、そいつらが信用できるかどうかは分からないしね。
一応、彼らに忠告だけしておく。
「普通の商人が移動するなら2ヶ月程度を見込む必要があります。まぁ、頑張ってください」
「アンタらは1ヶ月程度でまた来るって言っていたじゃないか!?」
「だから連れて行けないんですよ」
名前も知らないドワーフたちは、最後には肩を落として帰っていく事になった。
どうでもいいが、最後まで名前を教えてくれなかったなぁ。
たぶん、名乗る必要を感じなくなるほど、地元では名前が売れているんだろうけど。
こっちはちゃんと名乗ったのになぁ。