16-9 武蔵の国② 別れの話
武蔵の国ではまさかの街から締め出し。
そんな状態ではあったが、野営用のテントはちゃんとあるので、寝るのに気にする事と言えば、人目につかない場所かどうかというだけだ。
人が来そうな場所だと、また揉め事になりそうだし。
俺たちは東京市や街道から離れ、適当な森の中にテントを張った。
人目につかない場所での野営だが、環境はそこまで悪くない。
他人を気にしないでいいから、能力の使用に制限がかからない。
むしろ、宿に泊まるよりも快適な環境である。
「はぁ。氷を出すのも、向こうじゃできなかったからな。宿に泊まらない方がよっぽど寝やすい」
「食事はともかく、寝る所は酷い」
夏は暑い。
冷房設備でもあれば快適なのだが、普通の宿にそんなものは無い。
俺たちの場合はカードに確保した氷を使う事で寝苦しい夜も気にせず眠れるのだが、宿屋でそれをやるのは揉め事の種になるので自重していた。
まったく使わないわけではないが、周囲にバレない程度に抑えていたのだ。
今晩はそんな事を気にしなくていいから、気持ちよく眠れるだろう。
凛音は特に暑いのが苦手なので、自重しなくてよくなった事を一番喜んでいる。
他の面々も、なんだかんだ言って人目を気にしなければいけない人里より、身内だけの森の中の方が過ごしやすそうだ。
尖った耳の問題もあるし、エルフの子供と言えば疑われずに済むが、目立つからな、みんな。
無駄に注目を集めるのは、かなりストレスを感じる事なのだ。
大きめのテントを1つ、普通サイズのテントを2つ。
一度に寝るのは8人なので、3・3・2と別れて使う。
俺は大きめのテントを、終と魔剣部隊の1人と一緒に使う。三人娘はまとめて別のテントだ。
「ご主人」
「ん? なんだ?」
「ご主人は、もうしばらくしたら村に引きこもるって言っていたけど。大丈夫なのか、それは」
テントに入ると、あとは寝るだけ。
夜明けとともに動くので、早く寝ようと思っていた。
だが、布団を用意している所で終が話しかけてきた。
俺が外界との接触を断つことに不安を感じている様だ。
「俺が外に行かないってだけだよ。ニノマエやファーストっていう店もある。村としては外との繫がりを経つほどでもないから大丈夫だよ。
引きこもるのは俺だけ。俺じゃなきゃなんともならない案件があるわけでもないし、何かあるという事もないだろう」
終の心配を、俺は笑って否定する。
思えば、俺が外に行かなければいけないという理由は全く無い。
俺以外では移動に手間もかかるし、荷運びでは効率が悪くなるけど、その程度でしかない。
俺じゃなくても何とかなるだろう。
俺は世の中にとって必要な歯車ではなく、替えの利く、高性能な歯車でしかないのだ。
俺がいなくても世界は回る。
「ご主人。替えが利く事と、失っていい物とは全く違うぞ」
「そりゃそうだ。何かを変えようとすれば時間もコストもかかる。そういった事が無い方が、世の中はもっとうまく回るだろうさ」
「違う、違うんだよ、ご主人。人との繋がりは、替えの利くものじゃないんだ」
終の言いたい事は、何となく分かる。神戸町のみんなの事を言っているのだろう。
だが、もう決めた事だ。
「俺がいなくなった穴は、他の誰かが埋めるだろう。急に居なくなるんじゃなくて、ゆっくり時間をかけて離れていけばそこまで問題にもならないはずさ」
いきなり別れを告げるのではなく、神戸町に行く頻度を減らし、何年か時間をかけて関係を薄めていこうと思っている。
数日会わない、一ヶ月会わない、数ヶ月会わない。たまには手紙を出したっていい。
そうやって1年か2年かけて離れれば、みんなもそこまで気に留めないだろう。
きっと、俺の事を忘れなくても、会えない事を気にもしなくなるだろうさ。