16-7 甲斐の国・夜の雑談
山梨県、甲斐の国は山ばかりで、農地にできる土地が少なかった。過去形である。
現在では棚田、果樹園などが多く存在し、普通に農業で国民が食っていける。
それだけの努力をしたんだというのが、甲斐の国の誇りである。
畜産も意外と行われていて、馬や牛の名産地でもあった。『甲斐の黒駒』と言えばかなり有名なのだと自慢されたが、ごめんなさい、まったく聞いた事が無かったです。
そんなやり取りをしながらも、各地を走り過ぎていく。
国境を超えてから1日で甲府まで進んだ俺たちは、ここで一泊していくことにした。
「肉が美味い、米も美味い。
それに、川魚が生のまま簡単に手に入るとは思わなかった」
「氷室を山の上に作り、川で高速輸送する体制が整っているらしいですね。あとは馬が他の国よりも多いです」
「確かに。馬を使った移動が当たり前になっていたように見えた」
甲斐の馬と言えば、武田の騎馬隊を最初に思い出す。
それが甲斐の国の馬産を支える根底にあるのだと思っている。
育てられているのは競走馬のサラブレッドではなく、ポニーに分類される小型の馬だ。
ただ、足回りはサラブレッドよりも太い頑丈なタイプで、生活の中に組み込むのであればこちらの方が優秀なんだろうなと、そんな印象を受ける。
サラブレッドは砂漠の国の、平原を走る馬だからね。山野の多い甲斐の国では、まともに走る事もできないに違いない。
夜。
とった宿は大部屋で、みんなで並んで寝ていたのだが、隣の夏鈴が話しかけてきた。まだ寝てなかったらしい。
「ところで、創様」
「ん? 何?」
「甲斐の国は行きだけなのですよね? 帰りは上野の国を通る予定でしたが」
今回の旅では甲斐の国に寄ったが、帰りは上野の国、群馬県を通る予定である。
信濃の国から甲斐の国に行くのは、一度北上し、そこから南下するルートになる。山を迂回するためなので仕方がない、ようにも見える。
実際は東京方面に行かず、群馬県・栃木県から福島に抜けた方が早く、安全だ。
これが冬の話なら雪が降るからまた条件が変わるけど、夏なのでそっちの利便性が増すのだ。
「東京、武蔵の国を見たかったっていう理由が大きいかな? 深い意味はないよ」
「そうなのですか?」
「ああ。効率を語れば良くないことだけど、こんな機会でもなければ行くこともないからね」
「いえ、いざという時の選択肢が増えるので悪くない判断だと思います。
ただ、創様の意図が知りたかっただけなのですよ?」
俺が気分で動いたと伝えると夏鈴はなぜかよくわからない口調になり、なにかを誤魔化すように慌てて釈明した。
俺はどうしたことかと問おうとしたが。
「夏鈴、うるさい。静かにして早く寝ろ」
横から終が口を挟み、この話はここで打ち切りとなった。
武蔵行きの理由が気になったというだけの話だろう? どこに慌てる理由がある?
なんだったんだろうな。
引っ掛かりを覚えたものの、俺は睡魔に負け、そのまま何も問わず寝てしまった。