16-1 水無瀬少年の疑惑
夏になった。
昔と比べれば格段に移動時間が短くて済む、神戸町までの道。
だと言うのに、最近は少し足が遠のいている。
「あ、創さん!」
そんな、たまにしか顔を出さない俺を見付けた水無瀬少年は、少し嬉しそうにこちらに走り寄ってきた。
「お、休憩時間か。偶然だね」
ニノマエの店に顔を出せば、こうやって誰かと笑って話をすることができる。
敵対者を駆除したことが功を奏したのだろう。ありがたい事に、俺と周囲の関係は春先とあまり変わりがなかった。
嫌がらせが長く続いていれば、厄介者扱いされても不思議は無かったからね。
その点は、やって良かったと心から思う。
相手が議員とか、偉い人だったけど、それを理由に見逃せば状況が悪化しただろうし。
「はー。これは、ずいぶん貯め込んだね。この分だと秋の前ぐらいには100万円も貯まりそうだね」
「はい! その時はよろしくお願いします!」
水無瀬少年は、仙台までの護衛費用をずいぶん貯め込んでいた。
俺の予想よりも早いペースで、半年程度で貯め終わりそうな勢いだ。
この分だと、俺の引きこもり計画も前倒しできそうである。
「それで、創さん。できれば、旅に出る前に打ち合わせとか、お願いしたいんですけど。大丈夫ですか?」
「あー。そう言えば、普通はそうするんだったな」
「創さん?」
「いやぁ。普段は一人旅みたいなものばかりでね。あんまりそういった事はやって来なかったから、つい」
そう思っていたら、水無瀬少年に事前に旅程を組みたいと言われ、焦る事になってしまう。
基本は一人旅。無計画でも修正が利く立場だった俺は、水無瀬少年から半目で見られてしまった。
「狼の背に揺られての旅だから、長く見積もって片道6日程度。そこまで難しい旅にはならないよ」
「へ? いや、以前のお話では、片道2ヶ月以上って」
「歩きならね。俺の狼は馬より早いから、ルートさえ間違えなければ歩きの10倍以上で進める」
「えぇぇ……」
俺は水無瀬少年に呆れられた分のフォローとして、旅程は長くならないと説明した。
実際、そこまでガッツリとした旅程を組まなくても何とかなるのだと、そう言っておく。
「では、旅先の注意事項とかも……」
「ま、そこは任せて」
水無瀬少年は何処か「本当なんだろうな?」といった空気を漂わせつつ、俺にいくつか確認を行ってきたが、大丈夫だと笑顔で太鼓判を押した。
が、内心ではそこまで自信は無いので、冷や汗をかく。
今の俺に急ぎでやりたい事や、やらねばならない事と言うのは、全く無い。
そうだなぁ。一度、仙台方面まで道の確認でも行ってみるか。