15-26 幕裏:斉藤 龍一郎⑤
「まさか、これほど簡単に踊るとはなぁ」
創が出ていった喫茶店で、国主である斉藤は苦笑いをした。
周囲は自分の手飼いの部下で固めてあるため、この呟きが外部に漏れることはない。油断ではなく、自信を持って大丈夫だからこそ、気を抜いている。
斉藤が行ったのは、創と大垣市の切り離しだ。
最近は大垣市の成長が著しく、岐阜市が美濃の国の首都としての座を奪われそうであったため、少し掣肘を加えたのだ。
同じ美濃の国の中とはいえ、都市の序列が狂うというのは混乱を招くため、その成長に待ったをかけた。
首都よりも栄えた地方都市、しかもすぐ隣となると、無視できない被害が出てしまう。
それは国主として、避けねばならない事態だったのである。
創の誘導は簡単であった。
冤罪事件があったので、その件を利用して国主である斉藤が顔合わせをすれば良い。
創に権力欲というものが存在しないことはすぐに分かる。
もしも創に権力に対する執着があれば、間違いなく能力をフルに活用し、表舞台で成り上がることが出来るからだ。多少のことならば暴力的手段で対処できるし、上手くいく公算の方が強いと斉藤は考えている。
そんな簡単な成り上がりを行わないのであれば、権力を握ることに忌避感、面倒臭さを感じる様な者だと推測できた。
そしてそんな創と国主が相対すれば、創は放って置いて欲しいと言い出すのが予測出来る。
事実、そうであった。
国主が正式な手順で創への不干渉を表明すれば、それに従わない跳ねっ返りが動くのも自明の理。
国主がそこまでするという事は、それだけの価値がある人間という事だ。
創の注目度は一瞬で高まり、多くの者が価値を認める事になる。国主が正式な手順を踏んで何かを行うというのは、そういう事である。
そうして動き出す、自分の命令に従わない潜在的な敵を議会から排除し、議会全体の主権を強化することも並行して行ったが、メインは大垣市の署長との関係破壊だ。
大垣市の署長は真っ当な人間であるため、創の行う報復活動に反感を覚えると踏んだのだ。
創の報復の強さ次第では関係悪化が不発に終わるが、それでも議会掌握という利益があるので、斉藤はその為に創を無断で囮に使った。
やった事だけを見れば創が望んだ事しかやっていない。自分が創との関係を悪化させる、報復に遭うという可能性は非常に低い。
メリットに対し、手間とリスクはほとんどなかったのだ。
結果は見ての通り。
創は敵対者の排除に乗り出し、大垣の警察署と袂を別った。
そして創の持つ大垣市との縁は切れ、残るは神戸町のみ。
その神戸町も、斉藤が顔を出した事で影響が弱まるだろう。
神戸町では国主に捕まると思えば、足も遠のくはずだ。以前はやっていた変装も最近ではやっていないというし、その事も忘れているだろう。
されるかもしれないと思えば、斉藤の側でいくらでも対処が出来る。
「残るは、我妻の件だけれど」
斉藤は、創が我妻と敵対関係にあった事を調べで聞いている。この情報が偽装という可能性は全く無いと確信している。
創が我妻を生きたまま捕らえただろう事は、喫茶店での会話でなんとなく理解できたので、そこは、もう諦めた。
問題は、我妻の後ろにいる組織についてだ。
「尾張と上手く連携をとるしかない。そうしなければ、また被害が出る」
この我妻の一件は小さい範囲での行動であるが、“敵”は尾張の国割りを成し遂げた、悪魔の様な連中である。
斉藤は“敵”と戦うため、どうにかして創を味方に付ける工作を始めるのだった。