15-21 決別
権力者というのは、自分が殺されない、排除されない理由を持っているので、どんな時も傲慢であった。
例えばだが、いくつもの流通ルートを支配していた議員は、自分が死ねば大垣市の流通に大打撃となるため、自分が殺されないと高を括っていた。殺したけどね。
もう一人の議員は軍事物資の取りまとめをしていた。ちゃんと引継ぎをしていれば問題など起きないが、それを無視すれば軍の活動に大きな制約が加わるため、自分を殺せば大変な事になると叫んでいた。俺は気にしないけどね。
まぁ、重要人物を殺すというのは確かに周囲に与える影響が大きい。
実際、大垣市は経済・軍事の両面で大騒ぎだ。
その前にも行方不明者が増えていたと前触れはあったが、議員が二人も行方不明になったのだからしょうがないよね。治安への信頼が揺らいでいる。
治安への不安が高まった事により、警察への不信感が高まっている。
こうなってほしくは無かったが、俺の行動は警察への敵対行為であった。
長年の付き合いがあろうと、許せる一線を越えていた。元から忠告を受けていたし、誰が悪いかと言えば仕掛けてきた連中が一番悪いわけだが、俺に非が無いとは言わない。
こちらとしても、法律スレスレのグレーゾーンではなく、完全にアウトというのを知っていて行動していたのだから。
有り体に言ってしまえば、彼の中の損益分岐点が俺の存在を「損」の側にいると位置付けたわけだ。
本当に悲しい事だけど、署長さんは俺を「敵」と見做した。
「もう二度と、ここには来ないで下さい」
俺に対し鋭い視線を投げつけながら、署長さんは決別の言葉を口にした。
もう味方、友人、身内とは思ってもらえないらしい。
「残念です。本当に、残念ですよ。署長さん。
回復薬に関しては、引き続きニノマエで購入できるように指示を出してあります。いつもの分量を警察用に確保させておきます。
って、ああ、大丈夫ですよ。ついニノマエと言ってしまいましたが、こちらでの屋号は『ファースト』で登録してあります。俺との関係はまだ疑われていないはずなので、取引をしても大丈夫のはずです」
「はぁ。心底憎らしい人ですね。創さん、貴方であれば、あそこまでやらずとも切り抜けられたんじゃないですか?」
睨み付けてくる署長さんだが、こちらに非がある事は認めるし、彼への損害がそこまで大きくならないようにと回復薬関連の話を振ってみた。
そんな俺の態度に毒気を抜かれたのか、署長さんの目が若干柔らかくなる。
そして署長さんは大きく息を吐くと、俺への恨み言を口にした。
「能力的な意味で、可能・不可能を問うのであれば“出来ます”ね。
でも、俺の在り方を曲げる必要があるので、結局は“出来ません”としか言えないです。ごめんなさい」
署長さんは、俺ならあそこまでやらなくても大丈夫だったんじゃないかと、俺を高く評価している。
実際、何とかする方法はいくつも思いつくんだけど、どれも基本的には実行できない事だったので、俺としては無理としか言いようが無かったが。
一番分かりやすい対抗策は、俺が大垣市の議員になる事だ。
そして相応の組織を編成し、相手に対抗する。
最もリスクが小さく、俺もカード能力をフルに活用できる場が整うだろう。
権力と組織力は侮れないので、秘密の能力もそう言った立場の方が使いやすいからね。秘密にする必要が無くなるという意味で。
しかし、そうなると俺は大垣市に縛り付けられてしまうというのがデメリットだ。
流民の立場を維持しつつ議員など、出来やしない。村の存在を公開し、大垣市の市政に組み込む必要もある。
俺の中では、現実的な解決策とは言い難い。
これらの解決策は、トレードオフ。
金で商品を買うように、俺の中の何かを捨てる事で手に入れられる安寧だ。
捨てたくない物を多く抱えているため、その方法は選択できない。
どうすれば良かった?
どうにもできない。
俺にできる事は目の前の現実を受け入れる事と、少しでも状況を改善するように足掻く事だけ。
「これまでのような“見逃し”はもう出来ません。覚悟をしてください」
「これまで、ありがとうございました。最後に砂をかけるような真似をして申し訳ありません。ですが、俺も譲れない物の為に、相応の対応をこれからもしていきます」
署長さんは、この場で捕まえようとはしなかった。
それが不可能だと知っているからだ。
そして指名手配にする事も無い。
状況証拠はあっても、物証が無いから。そしてその状況証拠も俺の発言と動機ぐらいである。それでは警察を動かせない。
加えて、俺を捕まえた後の問題もある。
何も考えずに捕まえれば他の連中の介入を許し、状況が悪化する。
捕まえるだけでも根回しが必要なのだ。
ここまでは上手くやって来れたけど、ここに来て利害が衝突してしまった。
悲しいけど、互いに譲れないものがあれば、こういう事もある。しょうがない、では済まされないのだ。
受け入れるしかなかった。