15-9 手強い年寄り
人間は年をとっただけで凄い人になれるわけではない。
どうしようもない大人というのは、全体で見てもかなりの割合で存在するし、ごく一面に限って駄目な、学ばない人というのも結構知っている。奥さんにどれだけ言われてもお酒を止められない人とかね。
推測だが、俺に強面を押しつけて交渉を有利に運ぼうとした奴もその類だろう。数回の成功体験を絶対視するようなお馬鹿さんだと思う。
で、目の前にいる一刻道氏は。
「ふむ。ならば――」
「いや、それなら此方を――」
「成る程。では――」
人生経験豊富な、凄い爺である。
敵ではないが、交渉相手としてはかなり面倒で厄介な人だった。
こちらが出す条件を上手く修正し、妥協しているように見せかけ自分たちの望む方向に軌道をずらす。
こちらの提案で呑めない所はきっぱりと反対するが、こちらが納得できそうな対案を示す。
条件に同意するついでに自分たちの条件も付随させる。
まぁ、本当に面倒くさい。
これで一刻道氏の提案を全て蹴られれば楽なのだが、こちらにとって有利になる提案もしっかりしているので、断りにくい。
後で考えれば削除したくなる条件が付いていたとしても、その場合でも根っこにはちゃんと互いに利益を齎すようなアイディアが据えられているので、断れない。
こちらが若造で経験不足というのは否めないが、このままでは年配の方相手に、苦手意識が染みつきそうである。
じじい怖い。
神戸町の爺さん相手にキレたばーさんはもっと怖いが。
結局、岐阜市にはこのまま顔を出すことになった。
お金と権利で報酬と賠償を約束させたので、構わないかな、と言う判断となった。
で、強面軍団は別行動である。
俺はオーディンに乗って、最速で岐阜市に向かえばいいらしい。その方が安全だから。
信用していない連中を同行させる、足の遅い連中に足並みを揃える、そういった無駄を省くには、俺が1人で先行するのがベストという話になった。
この話で一番嫌な気分になったのは、すでに手紙が用意されている事である。
最初からこの結末を予測されていたのだ。あの若手の暴走も、仕込であった可能性が高い。
本当の意味でプライドが高いのであれば、上官の命令は絶対である事もセットで身に付く。
プライドではなく、プライドなんだよ。己の在り方が誇り高くあるのであれば、周囲の雑音など気にならないわけだ。ああいった人種は譲れない部分とそれ以外をきっちり別けるんだよ。
で、俺がやった挑発は「どうでもいい雑音」でしかなかったわけだ。
まぁ、激高したのは本物かもしれないけどね。敢えてそんな風に動くのを混ぜただけ、と。
未来絵図を描く能力で、俺は遅れをとってしまった気分にさせられた。
しかしながら、多少の報酬もすでに確保したし、約束が交わされてしまったので、さっさと岐阜市に行って美濃の国の国主と対面するとしよう。
手を貸しても良い範囲の確認も済ませてあるし、何度も召喚されることはない。
煩わしいことは早めに終わらせてしまった方が、後の面倒を減らせるからね。