14-11 飯マズとご近所付き合い④
困った話だけど、「出来る人間」に「出来ない人間」の気持ちは分からない。
出来ない人間にしてみればなぜ出来るのかが理解できないように、知人に気軽に挨拶が出来る人間は、顔は知っていても交流があまり無い相手に挨拶できない気持ちが理解できないんだよ。
必要性が理解できないというのもあるだろうけど、根っこの方にある問題は「人に挨拶する勇気の無さ」であり、踏み込みきれない臆病さだ。
挨拶って、「心を開き相手に近付く」って意味の言葉だからね。心が開けない人間も世の中には居るんだよ。
俺のような人間にしてみれば、本当に他人には踏み込ませないパーソナルスペースには近寄らせないけど、挨拶をする、話をすることでより多くの問題を解決できると信じているし、その方が楽なのだと思っている。
ただ、水無瀬少年は欲しいものを諦めてでも「逃げられない時以外は全力で逃げる」という狭くシビアなパーソナルスペースの運用をしており、会話による問題解決を選ばない。
俺にしてみれば欲しいものが手に入らないとか、大切にしているものを取りこぼしそうだとか、リスクの大きすぎる生き方とは思うんだけどね。それでも水無瀬少年は「相手と会話が成立せず、それ以外の方法で蹂躙されるリスク」を重要視して逃亡を最優先に動く。
じゃあ、なんで俺の庇護下に入ろうとしたのかが理解できないけど……逃げる場所として認識されたのかな。最初に保護した事で。
そりゃ、ちょっとぐらいの手助けはするよ。人道的な理由で。
でも、俺は俺の都合を最優先にするので、最低限の自衛能力を鍛えるぐらいはしないと、俺以外の助けてくれる誰かを作っておかないと、まず間違いなく詰むんだよね。
裏切る、という事はしないよ。
でも、見捨てる、という事はする。
俺は俺に出来る事をしているだけだからね。身を切ってまで助けるほどの繋がりが少年との間には無いんだよ。
訥々と、感情的にならず、大きな声を上げず。
嫌な気分になりながらも、分かって欲しいと思って水無瀬少年に説教をした。
可能なら、俺に捨てられても生きていける強さを身につけて欲しいと、そんな話をしたんだよ。
俺の言葉を聞く水無瀬少年は、その前に仕事ぶりを褒められて浮かれていた気分が一瞬で冷めてしまった様子で、半ばからは俯いてこちらを見ず、じっと膝の上に置いた手を見つめていた。
表情が窺えないので、少年が何を考えているかは分からない。
俺の「話してみれば分かる」という言葉に、「ただ挨拶をするだけ」という一歩を踏み出す勇気を持てるかどうか。
俺が出来るのは手助けまでで、そこから先は少年次第。
手を貸す事しか出来ないんだよ。
「ま、時間はあるよ。考えてみなさい」
俺は年上ぶって水無瀬少年に色々と喋ったが、全ては俺の感覚に基づく発言で、少年の心にどれだけ響くか分からない。
ただ、自立する意思を見せなければ、人生が詰むという事だけは分かってもらいたい。
親がいればスネをかじる事も出来るけど、俺は親じゃ無いからね。老後の面倒を見ると言われても、5歳差では誤差にしかならないし。
そのうち女の子と付き合って、何年か先には結婚も考えて欲しいんだけど、出来るのかな?
俺?
俺はほら、秘密にしないといけない事が多すぎるから。
これと思った女の子でも現れない限りは、夏鈴たちの世話になると思うよ。