14-10 飯マズとご近所付き合い③
水無瀬少年の様子を確認しに、神戸町にやって来た。
本人に会うよりも先ず、爺さんのところに顔を出した。
ちなみに、この時点で時刻は午後9時ぐらい。オーディンの背に乗れば余裕である。
「おお、創か。よう来た!」
俺が顔を出すと、爺さんは満面の笑みで出迎えてくれた。
俺は挨拶を済ませ、手土産の猪肉を渡すと、少年の様子を確認する事にした。
したのだが、話題に出した途端、爺さんの表情が渋くなった。
「あの子はなぁ、どうにも愛想がないな。創の半分でも愛想があれば良いんだが。声をかけても、ロクに返事が出てこん。何か言っとるのは分かるんだが、声が小さすぎて全く聞こえん」
爺さんは、人が良く付き合いやすい御仁である。
話せば分かる、それを地で行く人であり、仕事の事か、こちらがアホな事をすれば話は別だが、何かしたとしても頭を下げて心から許しを請えば、だいたい許してくれるほど気前がいい。
顔は強面である事を否定できないが、それでも笑顔でいる事が多く、そこまで怯える要素はない。
その爺さんですら、匙を投げるような状態なのか?
爺さんの言葉を聞いた俺は、少し頭が痛くなった。
「あの子がちょっと前に牛タンが欲しいとか言っていたけど、何か言ってきましたか?」
「知らん。ワシに話しかけてこようとはしておらんからな。むしろ避けられとる」
「……なんだそれは」
ならばと一縷の望みをかけて、牛タンネタを振ってみたが、少年は何もしていないという。
その程度か、少年の郷愁は。
その程度か、少年の勇気は。
かなり情けない気分になった。
その後は少年の話題を捨て、自分の近況を話し、爺さんの近況を聞き、昼飯をご馳走になってからお暇をした。
まぁ、少年抜きの、いつもの流れだ。お互い終始笑顔で、まったりとした時間を過ごさせて貰ったよ。
少年には、心の中で説教確定コースと決めているからね。
何のために顔合わせをしたと思っているんだか。
今度はニノマエの店に来た。
昼過ぎの、飯時が終わるかどうかの時間帯だ。この時間が一番暇なので、俺はこの時間帯に顔を出す事が多い。
「あ、オーナー。こんにちは」
「おう、こんにちは」
どこかの特殊な業界ではないので、挨拶は「こんにちは」だ。常時「おはようございます」ではない。
俺の顔を見付けた店員と挨拶しながら、俺は水無瀬少年が働いている現場にやって来た。
「あ、オーナー。へ? あ、はい」
俺は水無瀬少年の様子をこっそりと確認すべく、ドアの隙間からのぞき見た。
俺を見かけた店員には唇に指を当て、静かにするようジェスチャーで伝える。
ドアの向こうにいた少年は、黙々と書類の処理をしていた。
聞いた所によると売り上げの状態を確認した書類にミスがないかチェックしているのだという。
ほとんど目算で済ませ、気になった事があれば書いて計算を確認し、間違っていれば印を付けて横に除ける。
それらを一連の流れとして機械のように行っていた。
話には聞いていたけど、ちゃんと真面目に働いているらしい。
仕事の方は褒めて良さそうなので、本当に安心した。
これで不真面目な態度であれば、同類として保護する気も失せ、放り出している所だ。
どれだけ仕事で真面目にしているかによって説教の質も変える気でいたからね、軽めの説教で済ませられそうで安心したよ。
説教なんて、する方だって嫌な気分になるんだ。キツめのお小言を言わずに済んで良かったよ。