14-8 飯マズとご近所付き合い①
水無瀬少年とは、1週間ほど会わずに様子を見てみた。
彼は予想とは別方向で、言われてみれば「ああそうか」というトラブルを起こしていた。
水無瀬少年は拙くはあるけど、ちゃんと働いているらしい。
労働時間は少なめ、報酬は日払いでそれ相応、住居と日々の食事はこちらで保障しているので小遣いは貯まる環境のはずなんだけど。この少年、貰ったお金を全額食事に使っているようなのだ。
俺が渡したお金に手を付けないあたりはちゃんと考えているようで、そちらは最初に替えの服など必需品を購入して、後は貯金状態。
本格的な食事ではなく買い食いだったようだけど、それでいて夕飯を残すからどうしようかと相談された。
ここは飽食・日本ではなく、戦時中で食料不足の、美濃の国である。お残しは許される事ではない。
注意され、話を聞いてみたらしいが、ご飯が口に合わないのだという。
俺が出した雑炊にも微妙な顔をしていたし、残していたので、相当口が肥えているか――故郷の味を求めてしまっているんだろうな、と推測される。
ここは未来の日本だが、色々と変わってしまった部分も多いんだよ。
食事に手を抜かない、飯のためなら命を賭けるとまで言われた日本人ではあるが、物理的な可能・不可能の壁を越えられるわけではない。
流通が死んで食の多様性が失われた今、彼が心から満足する食事を出せる人間はいないだろうね。
俺自身はこちらの飯の味にわりと満足できているので、あんまり気にしていなかったんだけどな。
カレーとかも自作したし、鶏や豚の骨から取ったスープでラーメンも作れる。飯チートの定番、ハンバーグだって食べている。
ローテーションに気まぐれメニューと種類もあるし、飽きが来る事も無かった。
これも記憶の欠落がハードルを下げているだけなのかな?
いやはや。郷愁とは、俺には共感しにくい感情だね。全く理解できないよ。
この問題への対策は簡単だ。
自分で作らせろ。
どんな味を求めているのかは、彼以外の誰も知らない。
だったら本人が作るしかないのだ。
材料は限られるけど、炭水化物の水抜きとか食えない物を作らないように技術的な指導だけすれば良いかな。
完璧な一致は不可能だろうけど、頑張れば何とかなるものもあるだろ。
そうしたら、こんな要求が来た。
『牛タンは手に入りますか?』
また、難しい事を言ってくれるね。
用意するのは簡単だけど……手段を誤魔化すのが難しい食材じゃないか。
牛を潰すって、かなりレアな話なんですけど。
あと、牛タンはかなり高い事だけは理解させないといけないな。
肉の値段は、現代日本人の感覚と比較すると、だいたい桁が一つ違うからな。
そして商品が購入できる頻度は二桁違う。精肉店で高級肉を買うよりハードルが高い。
家畜としての牛は、そのほとんどが予約制で、コネがないと購入できない品なのだ。俺の場合は、爺さんと仲が良いので買えなくもないけどね。
返信は……これでいいか。
『農家の爺さんを紹介したけど、覚えているか? あの人と仲良くなれば買えるようになるよ。
気のいい人だから、ちゃんと話して頭を下げれば無下にはされないよ』
顔を合わせる度に挨拶する、頭を下げる。
それぐらいしていれば、一月もしないうちに仲良くなれると思う。
俺の時は猪狩りの実績で仲良くなった面があるけど、そうでなくてもなんとかなるはずだ。俺の関係者って触れ込みで紹介したんだし。
これで挨拶がちゃんと出来ていないようなら……さすがに、知らん。
そういった礼儀ができていない人には厳しいからね、爺さん。