13-24 幕間:“彼ら”
“彼ら”には、自ら名乗るような名前が無い。
“彼ら”は誰かに名前を名乗る理由が無く、ただ粛々と目的を遂行するようにできている。
“彼ら”の存在を知る者は“彼ら”以外には無く、時には“彼ら”自身すら、自分が“彼ら”の一部である事を知らない。
故に名乗る名を持たない彼を呼称する事はできないように思えるが、一つだけ例外が存在する。
死者だ。生きた人間が誰も“彼ら”の名を呼べずとも、死者はいまの際に“彼ら”の名を呼ぶこともある。
死者が呼んだ、“彼ら”の名は“N”であり、“黒い神”であり、“遊戯盤の対局者”。“千の顔を持つ男”、“無貌の男”、そして“這い寄る混沌”ニャルラトホテプ。
本当に彼の神格であるわけではないが、死者のイメージに最も近かったのが混沌の神だった。
長い長い時間を生き続け、自らを増やし、他人を弄ぶ。
最近は同類が時々顔を出すので、ほんの少し干渉をしていた。
北の海に現れた男は、本人も気が付かないうちに堕落させられ、最後は自らが守ってきた相手に殺された。これは非常につまらなかったと混沌神は思い返す。
南の地に現れた男は、燻る不満に火を付けられ故郷を割られた。消え去らなかったのは計算外だったが、これなら引き分け、痛み分けと言ったところだろう。楽しかったと、混沌神は次の一手を打った。
そして中央の地に現れた男は、殺人事件の犯人として追われこの地より去るはずが、全く上手くいかなかった。非常に楽しい、混沌神は歓喜した。
彼らにとって、遊びとは相手に勝ち筋が必要なのだ。
自分が一方的に勝てる勝負など、勝負ではない。ただの蹂躙だ。
だから、相手が上手くやればちゃんと勝てるような遊びを好む。
自身を律するだけで、北の男は英雄であり続けただろう。
果断に動けば、前国主を早く排除していれば、尾張の国はまだ持っただろう。
中央の男は、その点、上手く動いた。
署長が捕まる所までは想定内だった。
しかしそれを成した人員が男と面識があると証明できないような連中であった。証人さえ用意すれば確定だったはずの一手は、証人を用意しようが男までの結び付きが無かったため、糸が切れてしまった。
これでいつもの面子、三人娘や戦闘部隊のいずれかが動いていれば話が変わるのだが、医者ではどうにもならなかった。
せめてもの嫌がらせに医者を容疑者に仕立て上げる事も考えたが、それは混沌神たる“彼ら”の流儀に反する。
盤面はすでに次の勝負であり、男を追い込もうとするなら、そこに巻き込めばいい。
あの殺人事件という盤面は終わったのだ。
“彼ら”は誰でもない、“彼ら”である。
何処かに居て、何処にも居て、誰でも無い。
定まった姿の無い“彼ら”は、次の少年に這い寄るのだった。