13-21 現状維持
まず先に動いたのは美濃の国主だ。
警察署の署長である我妻が不正を働いていたと公表し、捕まえようと動いたが逃げられた。現在捜索中であり、有力な情報には報酬を支払うと大々的に布告を行った。
実際に何をしていたかは伏せていたが、なかなか思い切った行動である。
治安維持組織のトップが犯罪者というのはスキャンダルであり、政権にとって大きなダメージになる。
「国主がしっかりしていないから、そんな犯罪者でも署長になれたんだ」と言う理屈である。
実際、それは大きく間違った話ではなく、国主はそれを知っていて、面倒なことになりそうだからトカゲの尻尾のように切り捨てたのではないかと噂されている。
そしてなんでこいつが、と言うのが尾張の国主である。
今回の殺人事件を一から見直すべきだという要請を出した。これを言い換えると、容疑者から俺を外せと言っているようなものだ。
タイミングも不思議で、美濃の国主の発言と同時にこの話が出たという事は、移動時間も考えるともっと早くに動いていたという事だ。それこそ、あの殺人事件の話が出た時から準備をしていた可能性もある。
この要請は内政干渉とも取れる発言で、なぜ尾張の国からこんな発言が出てくるのか、全く分からない。
俺は尾張の国主と面識が無いし、尾張の国でしたことと言えば――モヒカン軍団こと、堀井組と揉めたことぐらいのはずだ。
細かいことを言えばニノマエが定期的に行商をしているが、それはさすがに関係ないだろう。
俺ではこの状況を分析しきれない。
美濃の国主はいいけど、尾張の国主の意図が全く読めない。
会った事も無ければ話に聞いた事も無い国外の政治家の考えを読むなんて、俺には無理だ。夏鈴も両手を挙げて降参だ。
仕方がないので、こういう時に頼れそうな署長さんに話を聞きに行く事にした。
「私にも分かりませんね。
尾張の国主がこの殺人事件に何らかの関与をしていた、と言う見方も出来ますが、おそらくそれはありません。そもそも、事件の見直しを要請したといった所でどこまで効果がある事やら。
こういった事例は過去に無く、何のために、と言われても、誰にも分かりませんよ。
創さん、本当に心当たりが無いんですか? 創さんがあの国主と面識があり、彼が庇ったと考えるとしっくりくるのですが。
……いえ。創さんが錬金術士という前提で、勧誘のための布石? いやまさか、そんなはずは……」
話を振ってみたが、署長さんも現状が全く分からないと言う。
そして何か考え込んで、どうにかこの状況を整理しようとしていた。
こういう時、この時代は打てる手が少ない。
現代日本なら、ネット上でコメンテーターが独自解釈を好き勝手に言っているし、ニュースサイトのコメント欄に素人意見が並んでいたりする。
情報の選別は大変だが、俺が1人で考えるよりはずっと広い視野の意見が集めやすい。
井戸端会議レベルの視野の狭さをどうにかするには新聞などの情報媒体も有効なんだけど、新聞社は無いんだよね。
有るのは政府広報ぐらいで、民間の新聞社は規制とか色々と、ね。あんまりやる意味が無かったりする。ジャーナリズムは死んだのだよ。
一部のイエローどもを考えると、その方が良かったのかもしれないが。
この件については、考えても仕方がない。
出方を窺うというのと……俺が岐阜市に行って、囮になる?
無いな。
俺が囮という選択肢は却下だ。
状況に変化はあったが、まだ現状維持。
打てる手は、今のところ思い付かない。