13-18 宴会③/鏡④
俺に身を寄せてきた夏鈴は、酒には酔っていないが場の雰囲気には酔っているのだろう。
普段よりもよほど上機嫌で、よく分からない、妖しげな笑顔を浮かべている。
その笑顔をどこかエロく感じるのは、俺が汚れている、性欲を溜め込んでいるからだろうか?
自制心、その力で邪念を鎮めるように努める。
俺の頑張りを密接した体のこわばりから感じたのだろう。夏鈴はひときわ楽しそうに唇を歪めると、もたれかかるように背中を預けてきた。
「みんな、楽しそうだと思いませんか?」
「え? ああ、そうだな。酒を飲んでる奴も飲んでない奴も、みんな楽しそうだ。
羽目を外した連中は……明日苦しめばいいさ」
折よく話題が変わったので、二人で静かに、感情的に一歩離れた場所から祭りの風景を眺める。……左右の二人は意識から外す。指でわき腹を突くなよ。
騒ぐみんなは楽しそうだ。
それは間違いない事で、これでもしも、みんなが俺に気遣って騒いで楽しそうな振りをしているのなら、俺は間違いなく人間不信になり、だれも信じなくなるだろう。
「どうして楽しいんだと思いますか?」
「そりゃ、仕事もせずに酒を飲んで美味い物を食えば、楽しいだろうさ。
日々の仕事はきついけど、頑張った後のご褒美とか、降って湧いた幸運とか。たまにこんなイベントがある分にはもっと楽しく感じるだろうな」
幸せってのは、「基準値」より上の事だ。
この場合の「基準値」っていうのは曲者で、人によって基準はいくつもある。
自分の日々の生活、他人の生活レベル、うわさ話や本など伝聞で見聞きした誰かの境遇、そういった対象より上かどうかを基準に据える。一人で複数の基準を持つ奴もいるし、たった一つの基準に固執するのもいる。
幸せそうで笑顔が多い人間は、たいがい多くの基準を持っているんだよな。
不幸そうな奴は、身近にいる幸せそうな誰かだけを基準にしていることが多い。
ここにいるのは、きっと幸せの基準をたくさん持っているか、“ちゃんとした”基準を持っているってことだろう。
いくらたくさんの基準を持っていようが、上しか見ていない奴は結局は不幸になるからなぁ。
俺がそんなことをつらつらと考えていると、夏鈴は笑ってそれを否定した。
「違いますよ。
みんな、安心しているんです。希望を持っているんです。明日はきっと良い事がある。またこんな楽しい事がある。それを信じているんです」
どうやら、俺の頭は酒がずいぶん回っていたようだ。
夏鈴の言いたかった事をちゃんと理解できていなかったようで、ピントのずれた事を考えていた。
そうか。そっちが言いたかったか。
「創様がいるから、私たちは笑っていられるんです。だから大丈夫ですよ」
「けど、結構制限もかけているだろ。村から自由に出ていけないとか。突発的に仕事を押し付けることもあるし、無理を言ってる」
「上を見たらキリがない。そう思いませんか? 笑っていられるなら、それでいいじゃないですか」
それでも不安はあった。
この村は、基本的に俺の我がままを前提に作られている。俺が自由でいるためのしわ寄せという面がある。
だから、そこを責められると反論できない。前の世界の人権活動家から見たら、俺は人権を蹂躙する独裁者と映るだろう。職業選択や居住地の自由を認めていないし移動制限もしているから、人権宣言に掲げられた基本的人権の大半は無視している自覚はあった。
だけど、夏鈴は考え過ぎだという。
暴政を布いてもいなければ、不当な搾取もしていない。気のいい領主だと俺を讃える。
このままで構わない、と。
みんなの笑顔が、俺のこれまでの行為を映す鏡なのだと断言した。
「よし!」
ちょっと吹っ切れた俺は、馬鹿なことをすることにした。
ワクチン・オークの軍2つの召喚を行う。
場の人口が、一気に2倍以上になった。
召喚された連中は敵はどこだと訳も分からず周囲の確認をするし、元からいたゴブニュートは何が始まるんだと驚いている。
「オークども! 宴だ! 飲め! 食え!
酒は出す! ただし食い物は食材を用意するので各自で調理! スミスは調理用のかまどの追加作業を手伝ってやれ!
あと、寝床は無いぞ! 毛布は出しておくから、突発的な野営と思って朝まで頑張れ!」
リキャストタイムの事を考えれば、非効率にもほどがある無駄な召喚。
準備も何もしていない250人の追加は、周囲のことを何も考えない愚かな行為でしかないが。
「オォーーッ!」
「「「ウオオォォーーーーッ!!」」」
完全にノリと勢いと何となくだ。
常識など叫んで誤魔化せ。心の中にあったつまらない鎖が引きちぎられるぐらい叫べ。
この叫びよ、此処ではない何処かに届け。
俺は此処に居るぞ。
俺はこのまま生きていくぞ。
声の届く先は、未来の自分か死者の国か。それとも今は遠い現代の日本か。
誓いと、宣告と、別離の叫びが星の輝く夜空に響き渡った。




