10-17 幕外:リベンジ本戦③
創を見送った夏鈴たちは、次の経ヶ岳で戦闘の推移を見ていた。
「ああ、もう殆ど終わっていますね」
いや、行われていたのは戦闘というほどしっかりしたものではない。
ただの“蹂躙”である。
タイラントボア達は敵の攻撃の一切を通さず、ただひたすらに戦場を駆け巡っていた。
「……あれと再び戦えと言われても、勝つためのヴィジョンが思い浮かびませんね」
はっきり言ってしまえば、タイラントボアの突進を防ぐ手段は無いのだ。
体重数t、時速100kmの突進を受け止める手段というのは、ほぼ存在しない。普通に防壁を積み上げた所でぶち抜かれるしかないので、たとえ鉄柱などを立てようと、1mや2m程度と言わずもっと深くまで穴を掘らない限りあっさり破壊されることが容易に想像できる。
かろうじて創のフィールドカード『沼』に沈めるののであれば可能性もあるだろうが、普通に使えば回避されるだろうから、かなり危険な橋を渡る必要があるだろう。
あの2頭が居れば大丈夫などと、夏鈴は思わない。
タイラントボアを召喚できないリキャストタイムの期間は半年と非常に長く、召喚できない間に別の脅威が迫った時、例えば別のタイラントボアが現れた時に何か勝ち筋を作らねばならない。
それも可能であれば、創の手を煩わせない手段が欲しいと考えている。
高速で走るタイラントボアの足を止め、防御を打ち抜き、死に至らしめる手段。
意外と進路変更も柔軟に行う2頭を見て、相当な難題だと理解しつつも考えることを止めない。
「ああ、相性が悪いのですね」
夏鈴の視界の中で、件の召喚術士が黒蛇の魔法を使った。
しかしタイラントボアは突進することで黒蛇をそのまま中から引き裂き、あっさりと召喚術士を踏み潰した。
巨大なタイラントボアを飲み込むには黒蛇はその身体が細すぎ、突進を飲み込めるほどの弾力が無い。あの召喚術士は選択を間違えたのだ。
戦場を縦横無尽に暴れ回るタイラントボアを止める手立てがない。
そのため、一万いたはずの敵軍は散り散りになり組織だった行動が取れなくなってしまう。
そうすると町の方からカンカンと甲高い鐘の音が響き渡る。
何かの合図をしているようで、バラバラに動き逃げていた敵が一ヶ所に集まり、それを追いかけたタイラントボアを捕らえんと魔法陣が広がり、大魔法が発動しようとしたが。
「遅すぎと言うか、まぁ、無駄な努力でしたね」
タイミングが合わず、あっさりと逃げられていた。
時速100kmを捕まえる半径100m以上の魔法陣。
言葉にしてみると有効そうに見えるかもしれないが、最初からそれを想定し、足を緩めていたタイラントボアの加速に付いていけなかったのだ。
ボア2頭は、最初から全速力を出していたわけではなかったのだ。
体力を温存し、長丁場に対応するための速度しか出していなかった。それだけである。
そして戦闘開始から1時間もすると、敵は壁の中に全軍が撤収し、壁の外――戦場には夥しい量の死体が放置されることになる。
ワクチン・オーク達は巻き込まれないようすでに撤収しており、残ったのはボア2頭。
そのボア2頭の雄叫びが戦闘終了の合図となった。