10-3 越前町の攻防③
基本的に、数で押されるというのは怖い。
戦闘で何が怖いかというと、背後など、死角からの攻撃だ。
例えば、一人で二人を相手にする。
一人が真っ正面で攻撃してくると、意識はどうしても正面に向く。そうなるともう一人が背後に回り、無防備な背中に攻撃できるというわけだ。
そんな事にならないよう、位置取りを調整して常に二人を視界に収めるという方法や、細い路地などで戦い背後に回り込めなくする、実力差があれば弱い方を速攻で倒して一対一に持ち込む、同士討ちを狙うといった対処をするのだが、それが出来ない状況も存在するわけで。
基本的に、戦う時は数が多い方が絶対に有利となるのだ。
そういった定石が通じないのはタイラントボアのような圧倒的防御力を持っている奴ぐらいで、それだって俺たちは数の利を活かし勝利したわけだよ。
ハイレベルになると戦闘における乱数が大きくなるので、一発逆転が起こりうる。文字通りの一騎当千が実現する。
常識の通用する戦いではなくなってしまうのだ。
なので、直接戦わない方法で、今でも出来る事をするわけだよ。
「カタパルトを使って放り込むのは拙いんだよね。そのあと山狩りをされちゃうし。
オーディンの背に俺が乗って、適当な場所に置いて逃げるとか?」
「それはやめてください、創様。奴らにしか感染しないのですから、私達でも運べますよ」
さて。
疫病を流行らせるのは良いとして、この感染源となる死体だけど、どうやって奴らに接触させようか。
最初は投石機で投げ入れる事を考えたけど、残念ながら、投石機の飛距離は500mが上限である。山の上など高低差を利用しても、そこまで劇的に飛距離が伸びる事はない。
そうなると、やったあとにどうやって逃げるんだという話になるので、投石機を使う案はすぐに却下された。
川に流すのもダメだ。
川の水を汚染するとかそんな話ではなく、気が付かれずにそのまま海まで流れていく未来が見えたからだ。
付け加えると、病魔混じりの体液が川の水に広がったところで、大した意味は無い。感染力が弱まり、無駄になるだろう。
水源に放り込む事も考えた。
が、人間には感染しないと言ったところでウィルス混じりの死体を放り込むというのは、その後を考えると止めた方が良いだろう。
それしかもう方法が無いと思えばやってしまうかもしれないが、それ以外の方法を試してからでいいと思う。
結局、どうするのかと言えば。
「鬼畜戦法、ここに極まれり」
「……まぁ、良いのでは無いですか?」
カード化してあった猪に体液を浴びせ、奴らに狩らせて食わせるという、カードモンスターを完全に駒として扱う非道な戦術である。
最後の晩餐程度に好物のドングリを腹一杯食わせたが、かなり心が痛む。
敵が病気で死ぬのは非道い事じゃないけど、カードモンスターとはいえ、味方を死なせる戦術はあまりとりたくなかった。
ただ確実性を考えるとこれはかなり有効で、傍目には興奮した猪が暴れ回り、ディズ・オークを襲ったとしか映らないだろう。
戦う最中に触って感染、料理してもそのあと食っても感染するだろう。
そして、そこからパンデミックというわけだ。
かつて野生の猪を媒介に感染拡大した豚コレラは人間には直接の影響を及ぼさなかったが、これはディズ・オークを駆逐する勢いで多大な影響を及ぼすだろう。
ディズ・オークは病魔に耐えられる種族特性を持つが、自分たちをピンポイントで狙うウィルスなど想像していないはずだ。
越前に巣食う病巣、ディズ・オーク。
奴らへ打つ最初の一手は、こうしてひっそりと行われた。