9-22 忘れていた事
意図的に考えないようにしていたわけではなく、ほぼ完全に忘れていた事があった。
そのことを思い出したのは村を出た翌日、エルフのキャンプ地に近付いた時の事である。
「ああ。そう言えば昔、家の場所を探り当てられたんだったか」
何が問題だったのか? なぜ気にしていたのか?
堀井組という相手が俺の家の場所を知っているからだ。
エルフ以外では唯一、俺の家に来る道筋を知っているのが居る。それを気にすべきだと思ったのだ。
堀井組が三河の主導権を握った場合、国の一つが俺の居場所を把握したという事だ。
それはつまり、他の国にも情報が伝播する可能性があるという事だ。
駿河に信濃、そういった親三河の国々が俺との接触を持とうとした場合、三河経由で情報が流れ、人がやって来る恐れがあった。
砦があるし、ある程度の人は残した。
すぐにどうこうされるという事は無いと思いたいが、わりと危険な兆候かもしれない。
あの時家に来た、テルという男の事を思い出す。
無骨なヤクザ者だと思ったが、あの手合いは意外と頭が良く、表情を崩さないので内面が読みにくい。
かなり厄介な種類の人間というイメージだった。
ただ、メインで対応した終に対し腰が引けたところがあったので、こちらに手を出す危険性を理解している、と思いたい。
まぁ、テル本人が俺たちと戦いたくないと思っていても、周囲の意向次第ではそれも無視され、攻めてくる危険性は……間に美濃の国があるから、あんまり無いのか?
よくよく考えれば、他国の軍勢を……あ。
「越前に軍を派遣するって言えば、素通りは出来ないだろうけど、ワンチャンあったな」
「その場合、他国の軍との作戦行動中ですから、単独行動は許されないのでは? 彼らも余計な事をして戦力を減らす愚を避けたいでしょうし」
「馬鹿の考える事っていうのは、常識を飛び越えるんだよ。で、どんな社会を作ろうと、上の方にとんでもない“頭の良い馬鹿”が混じるのはいつもの事なんだ」
現代日本での記憶の中には、良い大学を出た政治家が頭の悪すぎる事を言って叩かれるという事があった。しかも2回。
付け加えるなら、それの何が問題かを本人が理解しておらず、「勉強できる頭の良さと、知性や品性は別物」という証明をしてみせた。卒業した大学は人を測る物差しの一つにはなるが、その人の一面しか捉えていない。
どれだけ入学や進学が難しい大学を出る出来の良い頭があろうが、馬鹿は馬鹿なのだ。そしてそんな奴でも政治家になる事が出来るというのは、歴史が証明している。
「周囲の良識に期待するしかないのですね」
「そういう事だよ、夏鈴」
国の上がまともでない可能性は大いにある。
尾張の国の前国主などがその良い例になるだろう。
それに抗って国を興した三河の国主がまともかどうかは、俺には分からない。
ただ、まともであって欲しいと願うばかりだ。