8-25 あっけない勝利
この煙幕作戦を数回繰り返せば、そのうち矢が無くなって遠距離攻撃ができなくなるだろう。
敵が矢を撃っている時の合図、突撃してきた時の合図などは分かりやすくしてあるが数パターンを用意しているので、相手は精神的にも消耗していくだろう。
敵が持久戦を仕掛けてくるなら、存分に消費させてやるだけだ。
そんな事を、考えておりました。
「あ。終わった」
最初に気が付いたのは、もちろん俺だ。
位置関係で言うなら敵の方が近くだから気が付いていたかもしれないが、動きが無い以上、もうどうでもいい。
ぶっちゃけ、俺たちの出番はあと一回しかない。
「みんな。もうすぐ敵陣が崩壊するから、残敵の掃討戦に入るよ」
「――ああ。帰って来たんですね」
「帰って来たんだよ」
俺は砦という防御拠点から打って出るよう、みんなに指示を出す。
細かい説明をする前に、夏鈴は何が起きたのかに気が付いた。他の仲間も、勘が良いものはすぐに納得の表情を見せる。
「ご主人。帰って来たって、何が?」
「タイラントボアだよ。向こうはもう終わったみたいだ」
俺の切り札は、思った以上に素早く本隊を潰してきたようである。
現在は昼過ぎぐらい。
朝から5時間ぐらい経っているけど、仮に移動時間を3時間とすると、2時間ほど暴れまわっただけで本隊が壊滅したわけか……。
タイラントボアの雄叫びが戦場に響き渡った。
タイラントボアが雄叫びをあげると、ディズ・オークの軍は一瞬で瓦解した。
鎧袖一触などというものではない。叫ぶだけ、触る前から瓦解している。いやもう、こいつ1頭だけで全部終わるんじゃないだろうか? そんな光景が目の前に広がっている。
アメリカのコメディ映画のように、ディズ・オークがボアに弾き飛ばされていく。ただし内臓をまき散らしているのでコメディじゃなくてスプラッタ・ホラー。子供が見たら泣き叫ぶな。
我らが仲間とはいえ、タイラントボアは魔物たちの王、魔王か何かのようである。ああ、暴君だったか。
「撃て、撃て! 狙いは適当で構わない! とにかく撃て!!」
「撃つのはこっちに向かって逃げてくる者を優先! 近寄せるな!!」
「大きいのは控えて、手数優先!」
こうなると俺がやるべき事は、もう何もない。
夏鈴が指示を出し、皆がそれに応える。
俺が細かい指示など出さなくてもみんなが動くので、やるべき事と言えば黙って力を温存しておくことぐらいである。
ボアが外を押さえ、俺たちが内を押さえ。
両面から攻撃されたディズ・オークの軍は、ほぼ壊滅した。
もしかしたら生き残りがいるかもしれないが、目につく範囲は文字通りの全滅である。
俺の狡い策など関係なく。これぞまさしく「力こそパワー」。
ボアたちの圧倒的な力による蹂躙劇だった。
魔王は勇者パーティに弱いが、勇者パーティは魔物の軍には敵わない。しかし魔王は魔物の軍の上に立つ。
魔王と勇者パーティの良いとこ取りができるなら、大概の相手には勝てると思うな。
ただ、相手側にも魔王や勇者がいるかもしれないので、油断は禁物だが。
アホな事を考えるのはここまでにして、今は勝ったことを喜ぼう。