8-11 北の脅威⑤
こちらの提示した話に胡散臭いものを感じつつも、薬草を手に入れ回復薬を作れるようになればエルフにとって有益である事も間違いではないので、この話を受け入れるかどうかで彼らは大いに迷いだした。
葛藤の末、エルフの代表こと「白石 菊丸」さんは、話を受け入れる決定を下した。
「確認です。
そちらから頂いた薬草、教わった薬の作り方はこちらで共有しても良いのですね?」
「ああ。俺たちがここで生きていくのを邪魔をしないのであれば、なんでも良いよ」
「ならば、交渉成立です。我々はあなた方の居場所について教えない。仄めかしたりもしない。
あなた方は我々に薬草と、それを使った回復薬の作り方を伝授し、その利用に対し口を挟まない。無論、我々が本家などと主張してあなた方に何かする事もやらない」
「最後のはどちらでもいいよ。別に、外に売りに出せなくなったとしても気にしないし」
「そうですか……。本当に、そういった事に興味が無いのですね」
話し合いが終わるころには、白石さんの表情も少し穏やかになる。
エルフとして彼らの主張したい何かが気に障っていたのだろうが、それが誤解か何かで、わざわざ喧嘩するような相手ではないと分かって貰えたのだろう。
話し合いで解決する。文明人として、お互いに成熟している証拠である。
やっぱり暴力的な解決はいけないよね。面倒ごとの方が大きくなるし。
俺たちはしっかりと握手をして、さっそく薬作りを学んでもらうことにした。
「へぇ。やっぱり、海沿いの戦線は状況が厳しいんだ」
「ええ。内陸や太平洋側の食糧に頼りきりで、今の日本海側は農地などがほとんどありませんよ。
かつての新潟、越後は米所だったのですがね……。あの土地を見て、日本有数の米所だったと信じる事はできません」
俺は薬作りを学ぶ白石さんらと、適当に雑談をしていた。
彼らを村まで案内する気は無いので、そのまま砦の周辺で寝起きしてもらっている。
さすがに、ほぼ初対面の人に村を見せるほど俺は迂闊ではないよ。発電所とかは見せたくないのだ。
白石さんらから聞くところによると、日本海側はどこも戦場で安全な土地というものは無いと言い切れるほど状況が厳しいらしい。
海の向こうからやってくるモンスター、アンカマーは一月に一度程度の頻度でしかやって来ないが、それでも一度戦えば周囲の土地は荒れる。農地など、残しておく余裕がない。
そういった事情もあり、越前の国などではできるだけ内陸に農地を確保しているが、それで国を食わせていけるほどの生産力は無い。
内陸並びに太平洋側の国々がアンカマー討伐を支援している状態で、食料などが供給されなければ、すぐに干上がってしまうらしい。
エルフたちが森で生きていないのもそれが理由の一つで、森での自給自足をしようものなら、アンカマーと戦う人員を捻出できなくなるのだ。
どうしても森の外で農地を確保する必要があり、効率のいい食糧生産を行いつつ、彼らはモンスターと戦っている。
「なら、こっちの蕎麦も持っていきますか? 普通の蕎麦よりも育つのが早く、多くの可食部位を得られます」
「もはや何でもありですね。いえ、助かるのは確かなのでいただきますが、これを育てて土地が死ぬ、なんてことはないですよね?」
「無いと思うよ。ここで数年、ずっと連作をしているけど、育たなくなった、育ちが悪くなったなんてことは一回も無いから」
「なんでしょう、この理不尽感は。嬉しい事のはずが、全く喜べません」
「そんなもんじゃないかな。何かがあって「もっと早くにこれと出会っていれば!」なんて思いがあるだろうから、素直に喜ぶのが難しいのは分かるよ」
薬草、薬のレシピに続いて『豊穣の蕎麦』の種籾を一反分渡す。
この蕎麦なら、これだけでも300㎏以上(2000食以上)は収穫できる。蕎麦は育てる手間が少ない、強い作物なので、これだけでもずいぶん違うだろう。
食べるまでの手間は横に置くけど、日本を守る彼らの一助になれば幸いだ。
10日ほどで薬の作り方をある程度覚えた彼らは、故郷の越前へと帰っていく。
手土産に色々と渡したが、俺たちの生活を貧しくするほどではないから、ちょっとした出費程度である。
彼らを信用して色々と見せすぎた部分もあるが、信用しないで疑ってかかるより、信用して裏切られても構わないという気持ちでいる。
実際問題として、この場を知られてしまった段階で「殺す」か「見逃す」かで究極の2択を迫られていたのだ。
「見逃す」にしても、心理的にこちらと敵対しないように親切にするぐらいはしておこうと俺は考えた。
殺されたくない俺だから、いきなり殺すという手段はとりたくないからね。
因果応報。人を殺しまくれば、いずれそれが自分に返ってきそうで怖いのだ。
「創様」
「うん。砦の強化を急いでやった方が良さそうだ。
人を増やす事も考えないとね」
エルフの人たちが悪い人ではないと信じたいけど、甘い考えだけで生きていく訳にもいかない。一度あった事なら二度目があったとしても不思議ではなく、他の誰かが偶然ここに来るかもしれないのだ。
俺は軍備の増強に力を入れる方に、舵を切ることにした。