7-25 横暴な法治⑩
「話は変わりますが、創さん。
あの時、私に提供した『ヒール軟膏』と『毛生え薬』ですが、あれはまだ生産可能な品ですか? それとも、あれで終わりですか?」
俺の罪状とそれに対する罰を確認してみたら、いきなり話が飛んだ。
誤爆した罪悪感を誤魔化すために置いていった薬の話題になった。
「あれは汎用品というか、材料の関係で量産は無理だけど、そこまで希少な物ではないね。
怪我人がまだいるなら魔法で治すし、薬が必要なら、多少は卸すよ?」
「それは、どの程度の数を作れますか?」
「軟膏は月に20個、毛生え薬はネタで作らせただけだから断言できないけど、月に2~3個かな」
「本当ですか!?」
「うぉっ!? 本当だけど……」
何故かかなり真剣な顔で質問されたので、気圧されながらも生産能力について言及した。
すると顔を近付けて確認してきたので、思わずのけぞりながら、それで間違いないと返した。
署長さんは俺のリアクションで興奮しすぎた事に気が付き、椅子に座り直して再度確認してきた。
「どちらも、非常に有用な品です。大事な事なので確認させていただきたいのですが、あの薬の効果はどの程度の期間、維持されますか?」
「3ヶ月は普通に効果があるよ。半年もすれば効果半減、だと思う。そこまで残したことが無いから断言はできないけど」
「そうですか、そうですか……」
署長さんは嬉しそうに、噛みしめるようにこぶしを握った。
そして俺の方を見て、あくどい笑顔を浮かべた。
「司法取引をしませんか? そちらの出方次第では、先日の件は無罪にする事も可能です」
そして俺に交渉を持ち掛けるのだった。
「言葉は悪いですが、創さんを死刑にしたとします。
で、それで誰が得をすると思いますか?
答えは“誰も得をしない”です。
殺された被害者の身内が心に区切りを付ける役には立ちますが、そこまでです」
署長は、どこか投げやりな表情でそんな事を言った。
「犯罪の抑制にはなると思うけど? ほら、一罰百戒とか言うし」
俺は思わず反論するが、そこで署長は疲れた顔をする。
「ええ、そうですね。抑止の効果は、ちょっとはあると思いますよ。しかしですね、犯罪者っていうのは、基本的に馬鹿なんですよ。
「私は間違っていない」「自分は大丈夫」「これぐらい誰でもやっている」と言って平気で悪事を働く。もしくは、あの時の創さんと同じですね。激情にかられ、後先考えずにやってしまうとか。
身に覚えがあるでしょう?」
「それは……」
否定できない。
あの時の俺は、怒りに突き動かされていた面がある。死刑制度がどうとか、そういうのは全部後で考えた事だ。
とにかくやり返してやる、殺してやるとしか考えていなかった。あの二人に対する感情は、未だ怒りが燻っている状態だ。
「まぁ、そんな訳で、利益を上げる方が建設的なんですよ。
創さんについては、相応の罰を与えたと発表させていただきます。稼がせてもらいますが、そこから見舞金を支給することにすれば、不満も出ないでしょう。
創さんには大人しく、しばらくは森の方に引きこもっていて頂きますがね。森の奥に住んでいるのでしょう?」
思った以上に、この署長は厄介だった。
署長にまで上り詰めた男は強かで、きっちり自分の利益を確保しに来た。法の正義よりも実利を確保しに来たのだ。
ここまでの間、この男はどこまで本気で話していたか、一瞬不安になる。
俺としてはかなり都合がいい話である。
少々の物納で無罪になるなら、迷わず手を伸ばしたくなる。
ただ、俺の中にある僅かな良心が、それでいいのかと問いかけていた。
「そうそう。もしも創さんがやったことを悔いているなら、遺族に対する一番の補償は一つしかないんですよ。
“殺した誰かを生き返らせること”
それが出来ない以上、死んで現世の恨み辛みから逃げるか、恨まれても現金で詫びるしかないんですよね。
私は、後者を選んで欲しいと思いますよ」
俺は署長の提案を、飲み込むことにした。