6-1 行商隊・ニノマエ商事のリザルト1回目
外に人を送り出すと、たまに面白い情報を持って帰ってくることがある。
商売先で堀井組と縁を持たせてみたが、俺を探している若頭とまで偶然縁を結ぶとかなかなか幸先のいいスタートだと思う。
ニノマエ商事と名付けた行商の一行は、堀井組の動向を探る意図も込めてその庇護下においてみた。
尾張の国で、名古屋以外で塩を買おうと思うとその方が都合がよく、堀井組にみかじめ料を払うだけでずいぶん仕事がスムーズに進んだという。
金を出せと強要するが、貰った金の分は仕事をするというのが彼らのスタイルらしい。
美濃の国で商売する時は似たような地元組織がなかったので苦労した分、尾張の国での商売は楽の一言だと言っていた。
美濃の国の場合だと、土地ごとの商工会がそれに当たるのだが、実際にお金を出して庇護を求めたところで何もして貰えず、お役所仕事というか、結局は地元優先というか。何の役にも立っていない。
商工会が付き合いが長い連中を優遇するので、払わなくても何も変わらないとしか思えなかった。きっと「商売をさせてやっているだけで感謝しろ」という事だろう。そういう連中は二度と相手にしないでおこう。
こうして苦労しつつも行商を終えたニノマエ商事の収益は、微妙な黒字。
仕入れと人件費がゼロ円であることを考えれば赤字でもいいんだけど、帳簿の上では黒字である。
売り物として持って行った穀類は二束三文。捨て値で売らせたので、ここから利益は出ていない。
神戸町で買った雑貨類はそこそこの値段で売れたけど、運搬費用を普通に上乗せしただけで売れなくなるので、ほんのちょっと利益を出しただけに留めたという。
で、持ち帰った塩に関しては、そこそこいい値段で売れた。これは神戸町まで持ち帰らせ、そこで全部捌いたのだが、売値は他の商人に倣った金額なので大儲けである。
ただ、帰るまでに購入した雑貨類はほぼ売れていない。大赤字である。
これは購入した品があちらの商人の売れ残りのような品ばかりだったからで、不良在庫を押しつけられたに過ぎないからだ。
そして俺が頼んで買わせた品も混じっていて、これらは物品そのものが利益と言い換えてもいい。
一応、頼んだ物に関しては俺の買い取りとして利益に計上している。
あとは必要経費として各地で支払った商売許可証の発行費用と税金とみかじめ料。
それらを総合してみると、赤字ではないがそれは俺の特殊性によるものでしかなく、商売人としては失格である。
行商はこれが一回目なのでしょうがない。
回数を熟し、効率を上げ、より大きな利益を上げられるように精進してもらおう。
そんなわけで、リーダは頭が良くなるように、スレイブは体力が付くようにと『強化』しておいた。
強化一回分の経験値を稼いでいたからね。これで次はもっと頑張れるだろう。しばらくは酒でも飲んでゆっくりして欲しい。
あと、リーダーからは商業的なものと密偵としてのレポートをもらった。
商業的な面での話は、穀類はそのまま持ち込んでもあまり売れないので、酒などに加工して売った方が良さそうという話。
美濃や尾張は米や麦の栽培が盛んらしく、穀類は輸出する側だから足下を見られるようだ。穀類を買っていたのは貧困層がほとんどで、安物だからと手を伸ばしただけっぽいね。
どこぞのネット小説主人公のごとく貧困層を雇って勢力拡大、などと一瞬考えたが、リスクが大きすぎるので止めておこう。
現地に支店を作るにしても、今はまだ土台が弱いからね。いずれ情報収集拠点を持つのを目標にしたいとは思うけど、人材が足りなくなるので今はパス。
密偵としての報告は、堀井組が俺を探していたというのと、大垣で何やら怪しい気配がするというもの。
他にも堀井組の弱体化で尾張の国の治安が悪化しているとか、物価が値上がり傾向とか、きな臭い話が聞こえたらしい。
堀井組は分かるとして、大垣の怪しい気配とは何だよって確認を取ってみたところ、余所者である彼らは何やら監視するような視線を感じただとか、裏でコソコソされた気がするとか、そんな感じのことを言われた。
もしかすると、露骨にではないが、俺を探している可能性もあるという事だろう。
大垣には二度と行かない。そう決めたよ。
こうしてニノマエ商事のレポートをみると、行商隊の彼らは俺とは違った視点でものを見ていたと思うし、それが夏鈴が強く人を派遣するように言った理由だとよく分かる。
彼らが経験を積んだら、そのうち尾張に支社でも作って塩の輸入を安定して行えるようにしたいようだ。
「なぁ、こうして見るとさ、塩の輸入業って凄く儲かるように見えるけど、なんで皆やらないんだ?」
「初期投資がかかりすぎる事と、失敗した時の保障がない事。
そこそこ以上の規模で事業を始めるには人数が必要ですが、そこに信用できない人間を混ぜた時のリスクは言うに及ばず。行商中に襲われる事もありますしね。
更には天候に左右されます。道中で雨に濡れれば塩が水に溶けてしまうのもありますが、それを防ぐために幌を付けたら荷車が強い風に晒されるだけで横転する危険がありますし。
今回は成功しましたが、失敗の危険はかなり高いです」
余談だが、塩の輸入は儲けに対するリスクが大きいらしい。
スタートラインに立つのも大変で、走り出した後も危険となると、尻込みして挑まない人の方が多くなると。
塩の輸入を始められるほどの資金があるなら、その資金を稼ぐ仕事を続けた方が堅実。
仕事が無い人は初期投資の問題でそもそも始められない。
確かに、それならやっている奴が少ないのも理解できるか。