5-16 僻地の宿屋にて③
テルが居なくなった僻地の宿屋、もとい創の家。
そこで主人のごとく対応をしていた終は、ようやく仕事が終わったと思い、大きく息を吐いた。
「ご主人。もう少し、なんとかならなかったのか?」
「いや、俺本人はそこまで強くもないからね。“保険”は用意してあったんだから、頑張ってくれ」
「むぅ。そもそも、奏を巻き込むのは……」
「そっちは、正直すまんかった。止める間も無くてね」
終は、どうしてこんな事になったのかと、天を仰いだ。
同時に、特に問題が起きることもなく終わったので、心の底から安堵もしていた。
いくら“カードモンスターは死んでも生き返る”とは言え、記憶が継続する以上、死なないに越したことはないのだから。
堀井組の若頭、テルが創を探しているという報告は、ニノマエ商隊からの連絡で事前に知っていた。
そこで創は代理で誰か一人をこの家の主とし、テルの応対をさせようと決めた。
終が選ばれたのは、終が肉弾戦で一番強かったからである。
魔法込みならともかく、魔法抜きなら終が最強だったので、同じく物理的な戦いに強いテルにぶつけるのが最適だったのである。
ただ、テルが来るかもという話が出てから時間が経ち、テルが来る気配が見えなかったため、全員がかなり油断してしまった。
長い間、親子を引き離すのも悪いと思い、その時になれば言い含めて隠しておけばいいと、安易に考えていた。
その結果、草原大狼がテルの接近を教えてくれたので終が出迎えようとしたところ、大人の言う事を実は全く理解していなかった奏が暴走してしまったのだ。
終の娘、奏。
生後半年。
カードモンスターの謎仕様により見た目は10歳児程度の幼いゴブニュートで、もう流暢に喋れるのだが、人生の経験値が全く足りていない幼子である。
好奇心の赴くままに動くし、目の前のことに集中すると先に言われたことなどを完全に忘れたりするお子様である。
なまじ会話が成立するため、周囲もわりと対応を間違える。
どうでもいいが、終の妻も家には居て、彼女はしっかりと言いつけを守っていたりする。
「でも、あれで良かったのか?」
「ん? 何が?」
「あの男を、あのまま帰して良かったのか?
敵なのだろう。ここで殺した方が良かったと思うが……」
「あー。こっちの警告を聞き入れたら殺さない。森に入ろうとしたら殺す。そういう風に決めていたからね。その通りにしただけだろ。
ここの情報が堀井組に漏れるところまでは、特に構わないよ。高富の連中に村が警戒された段階で、今更だよ」
創は、堀井組と完全に敵対していることを理解している。
だが、完全に敵対したとはいえ、和平交渉ができないとも思っていない。
力を見せつけた後なのだ。交渉の余地はあると考えている。
相当な馬鹿でもなければ、こちらを利用しようとする知恵があるだろうという考えだ。
安易に利用されてやるつもりはなかったが、話し合いで終わらせられるならそれでいいとも思っている。
創は任侠者では無い。血で血を洗うような抗争など、趣味ではないのだ。
「お父さん、おにーさん。ごめんなさい」
「反省した?」
「あい」
創と終が話し合っていると、部屋の隅で反省中だった奏がごめんなさいをした。
言いつけを破って来客に対応したため、さっきまで母親に説教をされていたのだ。
半泣きになりながら、二人に頭を下げた。
「うん。じゃあ、次から気を付けなさい。あのおじさんは優しい人だったから良かったけど、悪い人も世の中にはいるんだからね」
「はーい!」
大人二人は幼い子供のしたことだからと、反省しているのならと、許す事にした。
反省の様子が見られなかったら追加の説教なのだが、この様子なら大丈夫そうであった。
奏は二人の表情からもう大丈夫だと安心して、元気よく返事をする。分かりやすいぐらい現金である。
本当に大丈夫なのか。
大人二人は、そんな幼子の様子に苦笑いをするのだった。