5-14 僻地の宿にて①
「どちら様でしょうか?」
件の家から出てきたのは、髪の長い少女だった。
少女は突然現れたテルを警戒しているといったふうで、すぐに家に隠れられるように、あまりドアから体を出さないようにしていた。
もちろん、テルが本気を出せば無理やり家に押し入る事は可能だ。
だが、テルは強盗などというさもしい真似をするほど恥知らずではなく、ただ、久しぶりに屋根の付いた場所で体を休めたいというだけだった。
あと、温かい、まともな食事があればなお良いのだが、さすがにそこまで要求するつもりはない。
「旅の者で、テルって名前だ。
道に迷っていてなぁ。屋根のある所で眠らせて欲しいんだ。
手持ちは多少ある。なんとかならねぇか?」
テルは無償ではなく有償で止めてもらえないかと、自分の娘よりも若そうな少女に頭を下げた。
テルの態度に少女は少し警戒を緩めたのか、「お父様に確認を取ってきます」と言って、ドアの向こうに姿を消した。
親子で暮らしているのか。テルは少女の言葉を反芻すると、その場で立って、相手の出方を見る。
すると、あまり時間が経たないうちに、これまた年若い男が姿を現した。
テルの見立てでは20歳にならない程度。
少女の父親と言うにはあまりにも若すぎるが、義理の父親か、外見だけ年を取らない奴なんだろうと、そのように判断した。
先ほどの少女は父親の背中に張り付いてテルを見ている。
この親子の関係はよく分からないが、仲は良さそうというか、娘が父親にべったりと甘えている様子であった。
「うちに泊まりたいというのは貴方でいいのかな?」
「ああ、軒先を貸してくれるだけでもいい。駄目か?」
「いいや。お金を払ってもらえるというならそれで構わないよ。そうだね、一泊に夕飯と朝飯を付けて1万円で、どうだろうか」
「飯も貰えるのか! ああ、喜んで払わせてもらう」
父親はテルに対し、やや警戒心が薄すぎるのではないかと言うほど、好条件を提示した。
こういった辺鄙な場所では宿など望むべくもない。
それでもし泊めてもらえるのだとしたら、この倍か三倍は要求されてもおかしくない。それも、飯は無しの話である。
と言うのも、宿泊客がまともであるという保証が無いからだ。
何かあったとしても助けは得られず、もそも強盗であればそのまま一家惨殺で金品財産食料を全て奪われることになる。娘がいるのだし、その娘が慰み者にされるかもしれない。
テルがその様な真似をするはずは無いのだが、そんな事は目の前の男に分かるはずもなく、もっと警戒心を持つべきだと諭すべきか、テルは真剣に悩んだ。
そんなテルの思考を読んだのだろう。
男は笑って自信たっぷりに余裕の根拠を口にした。
「ああ、私は強いからね。負けない自信があるから大丈夫なんだよ。
それに部屋には鍵がかかるし、この家も“特別製”だから壊される心配もしていない。
貴方が自分の腕っぷしに自信があるのと同じだね」
そこまで言って、男は「そういえば」と何かを思い出したように呟いた。
「まだ、名乗ってなかったかな。
私の名前は『ツイ』という。終わる、と書いてツイと読むんだ」