5-13 男一匹、一人旅⑥
謎の大豊作に支えられた畜産事業を行う神戸町。
そこで創の情報を得たテルは、創の本拠地について思考を巡らせた。
「神戸町、大垣からそこそこ近い場所。ここから北の方で岐阜の方に顔を出す事があると考えれば、高富村からもう少し北の方。神戸町に来る頻度を考えれば、そこから西の神戸町寄りだろうな」
テルは創の行動パターンから、おおよそだが本拠地の場所を割り出す。
テルから見て、創は自分の行動をあまり隠していないので、場所の推測はかなり簡単だった。
徒歩で神戸町に頻繁に顔を出している事を考えれば、歩いて3日以内の場所であると考えられる。
そして美濃の国の岐阜市を経由し、尾張に入った事。帰りが川島経由だった事。
それらの情報から大垣から南西にある養老方面ではなく、神戸町から北東の方角に本拠地があるのだろうと結論付けた。
神戸町を出たテルは、揖斐川を渡って創のいるだろう場所を20日も歩き回り、とうとうそこにたどり着いた。
「当たり、だな」
山を越え、道なき道を歩き、偶然見つけた人工の建造物。
望遠鏡を手にしたテルは、山の上から見下ろした平原に、創の家らしき建物を見付けたのだった。
テルが創の家らしき建造物を「そう」と考えたのは、建物の不自然さが際立っていたからだ。
森の端に建てられた家は、周囲を畑に囲まれたわりと立派な木造建築だ。
どこかの神社のようにやや持ち上げられた床など場所のわりに立派なのは、まぁ良い。
しかしその家の周囲には他の建造物が倉庫ぐらいしかなく、他に誰かが住む家があるようには見えない。
まず、それがおかしい。
家の維持というのはかなり大変で、家族一つが暮らす家ならば相応の規模というものがあり、ぽつんと一軒家が立っているというなら、もっとみすぼらしくないと変だ。
あの家であれば村の代表者レベルが住んでいて、周囲にもう20~30軒は家がないとおかしい。
資材などの調達と加工を考えれば、100人か200人の住人がいないとつじつまが合わないのだ。
それに、畑だ。
家の周囲の畑はきっちりと区画割りされているだけでなく、かなり広く場所を占めており、その手入れや収穫を考えれば20人は農民が必要だろう。
これを一人で維持管理するなど不可能だ。テルはそう言い切れる。
創は三人の娘を連れていたというが、彼女らに家族がいたとしてもカツカツだろう。足りるかどうか怪しい。
畑に家と、規模と人口のつじつまが合わない。
「あれは……道か?
あの先に、別の村があるだけ、か?」
テルが疑問を解消しようと森の方に目を向ければ、細く分かりにくいが、小石で舗装された道があるように見えた。
道は森の奥に繋がっているようで、そこでテルは自分が感じた違和感が間違いだった可能性に思い至る。
人口が少ないどころか家一軒しかないというのは、あの家が畑の周辺を見守るためだけの場所だから。
本命の村は別の場所にあると考えれば、何も変な話ではなかったのだ。
テルは「ようやく見つけた!」と歓喜して盛り上がった気持ちが一気に冷めたのを感じた。
山と森を何日も歩き回り、ようやく見つけたと思った手掛かりは、幻の可能性がある。
そう思うと、何もかもが上手くいきすぎという考えが頭をよぎり、まだ確証は無いのだと自身を諫める声が聞こえる。
焦りから、あの家が創の家でないとおかしいと、断定すらしていた自分を恥じた。
まずは、確認。
実際に住んでいるのは創なのだが、テルはそんな事を知らない。
ぬか喜び――本当に創の家なのでぬか喜びではないのだが――の反動で、逆に「あの家には創がいない」という考えに固まってしまったテルは、大した警戒すらせずにその家を目指した。
彼の思考は連日の野宿でやや単純化している。
地面という名の固い寝床もそうだが、ロクに飯を食べていない事で疲労が回復しきらず蓄積し、本人が思っている以上に体にガタが来ている。
山の上からその家まで、おおよそ2時間。
テルは野宿で軋む体に鞭を入れ、あの家で休ませてもらえないだろうかと安易に考えていた。