5-10 男一匹、一人旅③
「ニノマエさん、塩を買うならここにしときな。
いつでも値段に見合った塩を売ってるんで、騙される事なんざまず無ぇ」
「あー。ここ、ですか。在庫が無いっていうんで、断られたんですよね」
「ふむ。なら、俺が話を付けとくさ」
「お願いします」
あのあと、テルは現場をモヒカンに任せ、行商人の男を案内していた。
行商人はニノマエといい、美濃から塩を仕入れに来ているという事だった。
塩はちゃんとしたものであればどこでも売れる、売り逃しの無い手堅い商品だ。
個人レベルの仕入れも盛んに行われており、塩の売買が行われるエリアはいつも活気がある。
ただ、特に質の良い塩を作る店に関しては、新規の取引というのをあまり行わない。
作り手だけではなく売り手の方でも塩に砂を混ぜて儲けを得ようとする輩がいるため、自身のブランドを維持するため新規の客を見極める必要があり、何かと口実を付けて売らないのだ。
今回はテルが保証人になることで店から信用を得る算段になっていた。
今回、テルは美濃の国に行く予定であった。
その道中は一人を予定しており、それでも特に問題を感じていない。テル自身がかなり強いので、護衛などは必要ない。
同行者がいればそちらに行動を制限される可能性もあるので、身軽な一人旅の方が都合が良かった。
ただ、この若い行商人は放っておくと危険そうだと、テルは感じていた。
弱そうという訳ではなく、危なっかしい。世間ずれしていない“坊ちゃん”というのがテルの見立てだ。
実際、本人も行商に出たのは今回が初めてで、親からは「商売は失敗してもいいから、絶対に生きて帰って来い」と言われているという。
行き先が同じであるなら、しばらく仲間の手を貸してやろう。
自分は調査などの仕事があるので同行しないが、払うものを払うのであればそれぐらいはしてもいい。
そんな気分であった。
テルは若いモヒカンを一人彼らに同行させ、自身は江南、川島へと向かうのだった。
江南でテルが見たのは、広範囲に焼かれた森であった。
当時は夏で、湿度が高い。
木々は水分を多く含んでいるので焼かれたのは表面だけだったが、生えていた草などはほぼ焼き尽くされていたらしい。
その後、すぐに新しい草が生えてしまったので当時の面影は残っていないが、油か何かを撒いたのではないかと捜査を担当したモヒカンは言っていた。
川島では、創が泊まった宿を見た。
宿そのものはすでに廃業しており、当時の従業員も全員他所へと去って行った後だ。
宿の従業員は美濃派を自称していたが、実際は尾張派という裏切者だった。
それが露見してしまったので、町に居辛くなってしまったのだ。
すでに話を聞く相手はおらず、テルはそのまま美濃の国へと入っていく。