5-9 男一匹、一人旅②
テルが最初に向かったのは、蒲郡市。
創と堀井組が最初に揉めたのは名古屋近郊だったが、本格的に争いだしたのがそこだったからだ。
創がここにいない、手掛かりも大してないだろう事は分かっているが、行動をなぞる事でその思考をトレースしようとしたのだ。
「確か、塩やら魚を買いに来ていたって話だったな」
創の逃亡先が美濃の国の方角だったので、おそらくも何も珍しい海産物を手に入れようとしたのは間違いない。
まずは店の人間に創の事を聞いてみようかと、港へ足を向けた時だった。
「ちょっと! 話が違う!」
「そう騒がないでくれよ、旦那。こっちはちゃんと商売してんだ。イチャモンを付けないでおくれ」
「何がちゃんとした商売だよ! これ、塩じゃなくて砂だろ!」
「製塩ってのは大変でな。安い塩には砂が混じっちまうなんてよくある事なんだよ。勉強になって良かったじゃねぇか」
年嵩の卸商人と、年若い行商人の喧嘩に気が付いた。
商売上のいざこざがあったらしい。内容としてはよく聞く、塩の混ざりものの事で、砂が多すぎるだのなんだの言い合いをしていた。
テルは二人を軽く観察し、卸商人が自分らに縁の無い余所者で、行商人は堀井組にみかじめ料を払った流れ者だと判断した。
みかじめ料を払った商人には専用の札を渡しているが、卸商人はそれが無く、行商人はそれを胸にぶら下げていたからだ。
片方が自分たちに筋を通した商人であれば、堀井組の者としてやることは一つだ。
自分たちも筋を通す。通させる。それだけだ。
「ずいぶん騒がしいじゃねぇか。この喧嘩、堀井組が預からせてもらうぜ」
「チッ! 堀井組か……」
「ええと、貴方は?」
「堀井組のテルってもんさ。気にしなさんな。アンタの仕事の邪魔はしねぇよ。
そっちの坊ちゃんはウチの札持ってるからなぁ。事と次第によっちゃあ、タダじゃおかねぇぞ」
テルは行商人の誰何を軽く流すと、卸商人に向かい、メンチを切る。
卸商人は蛇に睨まれた蛙のように固まると、何か言い訳をしようとするが、上手く喋れない。
そこでテルは行商人が渡された塩の入った袋を検分するが、比率が塩6の砂4と、かなりどころか詐欺と言っていいほどのシロモノだった。
なお、蒲郡の商人が卸す塩は、塩9の砂1でも低品質扱いされる。
呆れ果てて物も言えないとは、この事だ。
こんな連中に商売をされては、蒲郡の名が廃る。
そう判断したテルは拳を鳴らし、卸商人に近付いていく。
「ま、待て! 話せば分かる!」
「関係あるか、糞野郎。どこのどいつか知らねぇが、舐めた真似しやがって。きっちり落とし前を――」
「今だ! やれっ!!」
「テルさん!?」
威圧するようにゆっくり近付いていたテルだが急に現れた男に後頭部を強打された。
この男は大きな石を手にしており、それでテルを殴ったのだ。
普通の人間であれば即死である。ひとたまりもなかったであろう。
だが、テルは堀井組の中でも名の知られた武侠であり、かなり強い。
「石ころかよ。俺を殺りたきゃなぁ、せめて本物のポン刀ぐらい用意しろや!!」
傷一つ無く、何事も無かったかのように立ったまま。
襲ってきた男の頭を掴むと、そのまま地面に叩きつけて昏倒させた。
「おう。これで殺人未遂も追加だ。テメェ、このまま逝っとけや」
男が襲ってきたとき、回避するのも容易であったが、相手の心を折るために、あえて攻撃を受けてみせたテル。
卸商人はあり得ない光景に完全に怯えてしまった。
「は、ははは……。堀井組のテル? まさか、不死身のテル? なんでこんな所に居るんだよ……」
このあと卸商人はボコボコにされて、二度と蒲郡で姿を見ることが無かったという。