5-8 男一匹、一人旅①
尾張の国にある「堀井組」は地方自治における要の一つだ。
尾張の国の政治は中枢である名古屋市にほぼすべてのリソースを費やし、周辺へのリターンが少ないため、自然とそうなっている。
「尾張の国」などとは言っているが、実態は「強力な名古屋市」と「それ以外の都市」という支配構造ができており、そこは全都市平等の理念を掲げる美濃の国と全く違う統治を行っている。
中央に見捨てられた地方が生きていくには、自分たちの力で生きていく方法を模索しなければならない。
堀井組の発生は、警察機能が頼りにならなくなった第二次世界大戦後のように必然であったのだ。
創はあまり意識していなかったが、名古屋の役所で堀井組がただの犯罪者として処理されたのは、中央と地方の確執があったからだ。
もしも創がこの尾張の国の内部事情に詳しければ、もっと違った解決方法を取っただろう。
その堀井組の本部がある屋敷。
そこで堀井組の組長は、自分の後継者であった元若頭を冷めた目で見ていた。
「それで。ガキどもにはまんまと逃げられたってぇ訳か。
それだけじゃねぇ。ガキどもを捕まえるために動かした魔術師と召喚術士が帰って来ないってのは、どう説明しやがる。
テメェが上手くやるって吼えたから、俺は兵隊を預けたんだぞ? 竜の子2枚と兵隊60。そんだけ融かして、しかも何の成果も出せねぇ。
――おい、どういうことか、キチっと説明しろや」
堀井組は、身内に手を出した創を捕まえ、どうにかするつもりでいた。
そのまま殺してしまうかもしれないが、教育さえ上手くいくなら使ってやろうという気持ちでさえいたのだ。
序盤は逃亡一択の創たちを見て、追い込めば簡単に狩れるだろうと高を括っていたのだ。
魔法を使うという情報を得ていたので少しは警戒したものの、それでも自分たちの優位が揺るがないと信じて疑わなかった。
だが、蓋を開けてみれば追手に出した部下はほぼ全滅。
町の外という治外法権の中に行った者は誰も帰って来なかった。
死体すら、見付かっていない。
それだけの力があるのであれば、最初から使えと元若頭は思う。
それだけの力があったというのに、なぜ今まで自分たちの情報に引っ掛からなかったのか。
強力な誰かというのはどこかに仕えているか、誰かを傅かせているのが普通であり、フリーである事はまずありえないのだ。
あれだけの戦力を返り討ちにできる者であれば、何らかの情報が入ってくるのが当たり前であった。
この先入観から元若頭は創を大した事の無い奴だと思い込んでしまったのだ。
「組のメンツに泥を塗られたままで終わっていい訳がねぇ。
テル。お前、ガキをシメてくるまで組の門を潜るんじゃねぇぞ。ちゃんとケジメ付けてこい。
――戻ってこいよ」
堀井組の組長は、元若頭であるテルに対し、最後まで冷静に、淡々とした声で追放処分を言い渡した。
万に一つも成功の可能性を見出せず、死んでこいと言うのと同じだ。下手をすれば、死んだ部下の身内に殺されて終わりという可能性もあった。
それでも、この追放処分は組織の長として言わねばならない事でもある。
彼を生かして上手く使えばもっと利益を上げられるだろうが、それ以上に死んだ部下への手前、罰が必要なのだ。
時には生産的で合理的な方法論より感情的な組織の論理を優先せねばならない。
それが、組織を運営するという事である。
堀井組の屋敷から、出ていく中年男が一人。
男の名はテル。
尾張の国の武侠であり、腕力でのし上がっていったヤクザ者である。