5-6 尾張の国の警察③
「『魔力よ、かの者の傷を癒せ』ヒール。
怪我はもう大丈夫ですね。動けますか?」
「いや……すまんが無理そうだ」
「そうですか。では、このままベッドで休んでいて下さい」
「おお。ありがとう……」
「お大事に」
蒲郡市で警察と堀井組の抗争が激化すると、双方に怪我人が量産される。
そうなると大変なのは医療従事者で、彼らは休む間もなく治療に駆り出されている。
ここには回復魔法を使える男の医師が一人いたので、警察は彼を確保している。
回復魔法による治療は一瞬ですむのだが、魔力には限りがあるので、1日に3人しかその治療を受けられない。
入院が必要な重傷者を中心に傷を治しているが、ベッドはなかなか空かず、傷が浅い者は警察の寮で待機という有り様だ。
自分の家で治療を受けられないのは、個別に襲撃されるのを防ぐためである。
堀井組のチンピラについては、大怪我をした場合は死なない程度の治療をして牢屋に放り込んでお終いだ。まともな治療は受けられない。
警察に捕まった犯罪者は原則として社会復帰をさせるために更生させようとするべきなのだが、今はそれが出来ないでいる。
犯罪者なのだからそのまま処分してしまえと言う過激な考え方があるが、それをした場合、基準次第では民間人が全員死刑か逃亡かで誰も残らなくなった、などという事態になる。
社会的には殺人と放火、組織犯罪の首魁以外は死刑にできないのが法の基準である。
現代日本の二人の殺人と放火殺人以外は死刑にできない、などという緩すぎる基準よりは厳しくなっている。
怪我をしたまま牢屋に繋がれることも罰の一環という事で、現状は変えられない。人道的処置は行われない。
特に、元気になったらまた暴れかねないので、このまま怪我をしていろという考えもあるのだ。
これまた意地の悪い話であるが、牢屋に繋がれたモヒカン達はその髪をバッサリと切られている。
モヒカンはスペースを取るので邪魔だからと、問答無用だ。
牢屋新人のモヒカンは、牢屋先住元モヒカンを見て恐怖するところまでがワンセットである。
「先生、お疲れ様です」
「ああ、君らか。どうだい、魔法は使えるようになりそうかな?」
「あはは。無茶を言わないでください。教わって1月や2月で使えるようになるのなら、今頃、もっと魔法使いだらけですよ。
そうしたら、先生の負担も減りますね」
回復魔法の使える男性医師は、魔法三回で仕事が終わる。
ただ、それだけだと就業時間が余るので、他の時間は後進の育成をお願いされていた。
与えられた生徒は30人ほど。
彼らは簡単でも魔法の使える者ばかりを集めたエリート達であり、『ヒール』が使えるようになるかもしれない魔力持ちばかりだ。魔力だけならこの医師より上の者も居る。
たしかに、彼らが回復魔法を使えるようになればもっと状況が改善するだろう事は間違いない。
だが。
「結局は才能の話になるけどな。
魔法は半分本能的なモノでしかない。呪文を正確に唱えられる、魔力をきちんと操作できる。それ以上に才能だ。才能さえあれば、1月もかけずに覚えるだろう」
「えー。でもー、1年ぐらい頑張っていれば覚えられるって話もあるじゃないですか」
「1年かけて感覚をつかめるようになったのか、それとも別の要因か。そこはまだ未検証だ」
「そこは頑張らないと分からない、ですよね。
はぁー。魔法が使えるってだけで左団扇の生活ができると思っていたのに」
「人生、そんなものだ。使えない奴よりは良い生活をしているさ」
魔法の習得が容易ではないため、即、戦力になれるとは言いがたい。
警察で行われる魔法教室は、半ば運試しのようなものとして見られていた。