5-5 尾張の国の警察②
警察官だって、人間だ。
悪口を言われれば傷付くし、殴られれば怪我もする。
そして、悪口を言ったり殴ってきた人間を嫌いもする。
ごく当たり前の話だ。
尾張の国の南部、蒲郡市。
そこは豊橋や渥美ほどではないが名古屋からわりと離れていることもあり、自分たちは名古屋から搾取されているだけ、と考えているものも多い。
そもそも、尾張の国などと言ってはいるが、彼らは自身を三河者だと思っている。
細かいことを言えば三河も東西に別れているのだが、とにかく尾張とは別の国の人間だという想いがある。
名古屋、ひいては尾張の国の人間に従いたくないという考えが意識の根底にしっかりと染みついている。
特に生粋の名古屋生まれだと、それ以外の生まれを見下す者も少なくないため、両者の確執は年々広がっていく一方だ。
なお、この三河者という考えをする者には、警察の人間すら含まれる。
蒲郡の港の近くにある倉庫街。
そこでは駿府の国の密偵が自分たちの任務について話をしていた。
「一部とは言え、部長クラスの買収が成功したのか。調略が上手くいったことを喜ぶべきか、それとも彼らの不実を嘆くべきか」
「喜べばいいのでは?
尾張よりは駿府の方が良いと考える人間は少なくありません。そもそも名古屋の連中は恩恵を独占しすぎています。統治者としては下の下ですよ。
美濃の国は動いていないようですが、彼の国が動いたとしても内応した可能性は否定できませんね」
蒲郡市は尾張の国でも南方に当たり、地政学的な話をするのであれば、尾張から独立し美濃の国に組み込まれると飛び地になるから、内応して欲しいと言われようが求めに応じる可能性など普通は無い。
しかし今はその普通が通じないほどということだ。
彼らは警察署の中にいる数人を味方に付け、この地に根を張ろうとしていた。
いくつかの商売でほんの少し有利になるように口利きをする、その程度の“お願い”ができる状態を作っているのだ。
これにより生じる被害は、主に名古屋港における商取引の縮小だ。
そして利益はその分だけ蒲郡での商取引が増える。
今までは名古屋で直接取引した方が都合の良い品であろうが、前提条件となる港の使用料などで蒲郡が優遇をしてくれるのであれば話が変わってくる。
副次的な不利益として一部の蒲郡商人が損をするというので、堀井組が応じなかった取り引きであったが、警察の内応者はそれでも見逃すと決めた。
同じ蒲郡の、別の商人が得をするというのもあるが、市民が警察を受け入れていないこともあり、「先に裏切ったのは市民だ」「名古屋の利益を奪ってやる」という考えで動く警察官がいたのである。あとは鼻薬に弱かっただけの者も居たが……。
そしてそうやって駿府商人が根を張った後、いずれは蒲郡を経済的に支配しかねないことを理解している。
ただ、その時は尾張から自分たちを切り離し、駿府を後ろ盾に半独立する用意すらあった。
折しも蒲郡は堀井組の暴発で治安が悪化しており、外国勢力が暗躍しやすい環境が整っている。
一部の者だけとはいえ、警察の腐敗により、状況は混迷していく。
「――そう言えば、こんな噂があったな」
そして創の情報が、全く関係ない国にも届いていく。