第八話 『パイゼリア』
ほっぺにソースがついているのを指摘せず、俺は蜜がミートソーススパゲティを頬張るのを眺めていた。
ボーリングの合計スコアは俺が高かったのだが、からかいすぎたのもあって結局蜜の分は俺が奢ることになった。
そして俺たちはパイゼリアというファミリーレストランに来ている。
「シン先輩は食べないんですか?」
しっかり咀嚼して飲み込んでから、蜜は俺の手つかずのカルボナーラを見て疑問を口にする。
特に食欲がないとかそういうのではなく、蜜のほっぺについているソースのことを指摘しようか葛藤した挙句、結局このままにしておこうと決めずっと眺めていたら、自分のカルボナーラのことを忘れてしまっていた。
「ん?いや、蜜はやっぱり小さくてかわいいなーって」
「かわいくないです!しかも今日二回目ですよ、それ!」
かわいいのは本当なんだけどな。
そろそろ気づかせてやろうか。と、俺は備え付けのティッシュを一枚取ると、身を少し前に乗り出し蜜の顔に近づける。
最初は何だろうと思っていた蜜は、俺の手が近づくにつれ「え?え?」みたいな反応をするが、もう遅い。
そのままほっぺについていたソースをとってやると、蜜は自分のほっぺに手で触れる。
「ソースがついていたから拭いてやった」
「なんだそういうことでしたか。無言だったのでびっくりしましたよ!あとそんなの自分でできます!」
「気づかない方が悪いだろ」
「教えてくれなかったシン先輩が悪いです!」
「おこちゃまは食べるのに夢中でしたからね」
「違います!ここのミートソーススパゲティがおいしいのがいけないんです!」
「挙句の果てには料理のせいにするのか」
「むぅ~~!」と俺の顔を睨みつけると、「もういいです!」とだけ言って焼け食いのごとく一気にかきこみ始めた。
俺は、「喉詰まらせるなよ」とだけ言って自分のカルボナーラにも手を付け始めた。
それからというもの、俺たちは自分たちが頼んだものをすべて平らげ、紳士の俺が蜜の分の会計も済ませると、小さな声で「ありがとうございます……」だけ言うと、そそくさと先にパイゼリアを出て行ってしまった。
さっきのことまだ根に持っていたのか。
「ふっ」
そのことがどうもおかしくて軽く笑ってしまう俺であった。
そこから歩いて数分、駅に着き俺たちは同じ電車に乗る。
俺は蜜が降りる駅の三つ先の駅が家から最寄りの駅となっているため、途中までは一緒に電車に乗るのだ。
「久しぶりに運動したから明日筋肉痛かも」
「私も今日はいい汗をかきました。ですがシン先輩、体育とかでも運動はやっているじゃないですか?」
「あー、俺基本目立たないからあんまり動かないんだよね」
「あー、そういうことでしたか。相変わらずボッチしてますね」
「お互い様な」
そんな感じで適当に談笑したりしていると、蜜の降りる駅に着き、バックをもって立ち上がる。
「シン先輩、今日はありがとうございました。あと夕食も奢ってくれてありがとうございました」
「なーに、くまさんパンツのお礼だよ」
「シン先輩!」
「いった!」
思いっきり足を踏まれてしまった。
特に注目を浴びることにはならなかったが、こいつ……。
「あっかんべー」
舌を出しそうやると、そのまま電車から降りてしまった。
窓から降りた蜜を眺めていると、俺の方に振り向き、数秒手を振ってから改札に向かっていった。