20話・舞踏会当日
「チョコ。おはよう」
「ニャー」
翌朝、ナツの方が先に目覚めていた。彼はいつから見ていたんだろう? ベッドの上に頬杖をついてわたしの顔を覗きこんでいた。いまはチョコの姿をしているとはいえ、恋人に寝顔を観察されているなんて恥ずかしいのですが。
頭を抱え込むように、体を丸めて彼の視線から逃れようとしたら笑われた。
「顔洗ってくるよ」
そう言って彼がベッドから離れる。そろそろと体を起こすとわたし達の間に、聞きなれた声が入りこんできた。
「おはようございます。お食事の支度が整いました」
その声の主がベッドへとやってくる。
「おはよう。チョコちゃん。あら? これ。血ですか?」
目敏い彼女はベッドのシーツの赤い染みを見つけて聞いてくる。ナツと目を交わし合う。昨晩の彼の鼻血の痕だ。
「あ、昨日、寝ていたら鼻血が出てね」
「大丈夫ですか?」
「もう止まったから大丈夫だと思う」
「それなら良いですけど」
ナツが慌ててシーツに清浄の魔法をかけている脇で、シャルは心配するように聞いてくる。大丈夫だと聞いて、彼女がナツの腕に断りもなく手をかけてきた。なにあれ? 朝から良い気はしない。
「シャル?」
「そろそろ宮殿に行く日が近付いてますから、普段から練習しておくのもいいと思いますよ」
「そうだね」
食堂までナツに自分をエスコートして欲しいということらしい。練習の成果を見たいということらしいけど納得いかないわ。ナツもなぜ断らないのよ。あなた達、離れなさいよ。
わたしの抗議の声は、残念ながらふたりを邪魔する声にしかならなかったらしい。
舞踏会当日がやってくると、宰相宅は支度でバタバタしていた。この約一ヶ月間、ナツはガイムの扱きに耐えて良くやったと思う。社交界マナーが身について来たと思うもの。
舞踏会参加の為に着替えさせられたナツは素敵だった。前髪を上げているせいか洗練された普段の彼とは違う姿に見惚れてしまう。貴公子然としていてみんなの目を惹いちゃうと思う。なんだか他の人の目に触れさせるのが勿体無いわ。出来れば誰にもこの彼を見せたくない。
「素敵よ。ナツ」と、言えば「ありがとう。チョコ」と、言葉が返ってきた。まるでわたしが何を言っているのかナツに通じているみたい。
支度中は毛が付いては大変と侍女らにナツから離されていたけど、侍女たちが部屋から出て行ってすぐにナツに抱き上げられた。
(ナツ、大好き~)
なんでわたし、猫なのかな? 元の姿に戻れたなら彼にエスコートされてみたいのに。ナツと離れたくないよ。と、甘えていたらドアの方から辛辣な声がしてきた。
「まさか、チョコを連れて行く気でないよな? ナツ」
この声はと見れば、ふだんチャらい彼も、それなりの格好をすれば見られるようになるらしい。舞踏会試用のガイムが立っていた。
「え? 駄目なのか?」
「当然だろう? 舞踏会にペットを連れて行くヤツなんていない。非常識だ」
そんなの言われなくても分かってますよ。格好の良いナツを堪能するぐらい、いいじゃないの。ケチ。
はいはい、ナツから離れればいいんでしょ。ナツの腕から飛び出す。お名残り惜しいけど「わたしはここで大人しく留守番しているからナツいってらっしゃい」と、ベッドの腕で丸くなったら、ガイムがまだ何かなにやら言っていた。




