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ある古民家にて。

作者: 醤油子

目的を見失うこと、誰にでもあります。

それを気づかせてくれるのはいつだって


あなたのそばに居る。

画家としての人生を歩みだし、もう5年が経ったある日。

私は新たな住居を求めて、ある古民家の内見をしていた。

お金に余裕があるからではない…いわゆるスランプなのだ。

初めの頃はある程度評価され、陽の目を見ることはあった。

だがそれも長くは続かず。

評価の値も、時代の流れと共に過ぎ去っていった。

このままではマズイと感じたので、心機一転、住まいからやり直すことに決めたのだ。

結果的にどうなるかは分からないが、何か変われるかもしれない。

そんな淡い期待を胸に抱く。

ひと回りほど見た後、リビングへ案内されテーブルにつく。

暫くしてから、この家のオーナーが茶を持って私の前へ座った。

「どうですか?この家は。」

「あ…どうも、素敵な家ですね。」

オーナーは、「それなら良かったです。」と一言、茶を啜った。

齢はもう80代というところだろうか。

杖を使ってないあたり、心身共に健康そうだった。

自ら茶を出すあたり、独身、もしくは奥様に先立たれたという感じだろう。

対面しているとはいえ、お互い何か話す事があるわけでなく、無言状態が続いた。

家の周辺も閑静であり、鳥や虫の声がはっきりと伝わってくる。

時の流れさえも、ここだけはゆっくりゆっくり進んでいるようだ。

御老人と2人きりでお茶会とは…少し変な気分である。

決して悪い意味では無いが。

リビングを見渡してみる。

すると、気になる物を発見した。

この家には数々の絵が飾ってあったのだが、その中でも特に目を惹く絵があったのだ。

女の子の絵であった。

少女が椅子に座っている絵。

管理がしっかりされていて、埃が被っている様子もない。

何よりも、どの絵よりも。

美しかった。

曇り一つない満面の笑み。

まるでそこに存在しているのではないかと錯覚してしまうほどであった。

しかし、展覧会やオークションなどでは見たことのない品だったので、おそらく世には出回っていない作品だろう。

思わず私は、オーナーに尋ねてみた。

「すみませんオーナー、あの絵は?」

「ん…あぁ、あの絵ですか。」

オーナーはゆっくり立ち上がり、絵の前へ進んだ。

暫く眺め、バツが悪そうにこう言った。

「少し、長くなりますがよろしいですか?」

私の首は、迷いなく地を拝んだ。



「この絵は、前に住んでいた方の絵なんですよ。

「ここには、父親、母親、娘の3人家族で住んでいました…でも、しばらくしてから母親はお若いのに病気で死んでしまったんです、

それからは父親と娘で二人暮らし…。

「父親の方は画家をやっていましてね。

「家族や自然の絵を描くのが好きな、優しい父親です。

「まぁ無名の画家だったんですが。

「それでもなんとか生活できていたんですよ。

「ですが、ある日その父親に人生の転機が訪れましてね。

「息抜きに描いた娘の絵がですね、ある富豪に高値で売れたんですよ。

「父親と娘は泣いて大喜びをしました。

「そのお金で母親の墓を建てて、家も改築し、娘は初めてホールケーキ食べました。

「娘はとても幸せだったそうですよ。

「?、あぁ、これはその時描かれた絵なのかと言われると、どうやら違うみたいですよ。

「これは、その父親が最後に描いた絵だそうです。

「実はというと、この画家の絵は富豪の間でちょっとした流行になりましてね。

「描くもの描くものが高額で売れていきました…あっという間に貧乏生活から抜け出し、富豪の仲間入りをしました。

「欲しいものは全て手に入りました、食べ物、服、車、建物。

「もちろん女性を抱くなんて造作もない。

「幸せだったのでしょうね。

「勿論、娘にも全てを買い与えました、金で、有名な進学校へ通わせることだって。

「父親は全て悟りました。

「お金さえあれば幸せになれると。

「お金さえあれば自分と娘は幸せになると。

「…それからの彼は金の為に絵を描き続けました。

「富豪達の為の絵を。


「…………ですが。

「少女はある日、自殺しました。

「唐突に。

「首を吊って。

「あぁ、勿論この家でじゃないですよ…心配なさらないでください。

「自殺の原因は不明です、きっとそれは本人にしか分からないでしょう。

「彼は訳が分からず、何故か怒りを覚えました。

「こんな裕福な生活が出来ているのは誰のおかげなんだ、とね。

「こんなに幸せなのに、親不孝者だとね。

「全く、最低の男ですよね?

「一度は怒りを覚えた彼ですが、冷静さを取り戻し、少女の葬儀を執り行うことにしました。

「そうだ、少女を見送る際、絵を描いてやろう。

「もう少女は笑顔にはなれない、だからせめて娘の棺桶には笑顔の絵を入れてやろう。

「それは彼が出来る最後の贈り物でした。


「しかし。

「何度筆を握ろうと、彼は描けませんでした。

「忘れていたのです、少女の笑顔を。

「少女の笑顔を思い出せなかったのです。

「何故でしょうね…きっと少女は心から笑ってなどいなかったのでしょう。

「嘘の笑顔、彼を困らせない為に。

「彼が何の為に絵を描いているかを忘れてしまった日から。

「彼はそこで初めて涙を流しました。

「止め処なく、涙が溢れました。

「少女の墓へ向かい、何度も何度も謝り続けました。

「そんなことに意味は無いと分かりながらも。

「そうしないと、自分が壊れてしまいそうだったんでしょう。


「少女の死から数週間、涙はとうに枯れたころ、少女の部屋からボロボロの日記を見つけました。

「その日記は、少女に初めて与えてあげた文房具の中の一つだったんですよ。

「ページをめくると、幼い字でこう書かれてあったそうです、

〝きょうはパパにえんぴつをかってもらいました、ありがとう、だいすき。

ママとやくそくしたとおり、パパをこまらせないようにいいこでいます。〟とね。

「それからは毎日、彼との思い出を書き連ねていたそうですよ。

「彼はまた泣き崩れました、もう涙なんて出ないと思っていましたが…。

「ですが。

「涙だけでなく、父親は娘に勇気を貰いました。

「筆を握る勇気を。

「キャンバスに向かう勇気を。


「もう一度、娘の絵を描こう。

「そう思ったそうですよ。


「そして。

「この絵が完成したんです。」





2週間後、私はこの古民家に住むことを決めた。

相変わらず、絵が売れているわけでは無いが、不思議と辞めようなんて気持ちにはならなかった。

別に貧乏だっていい、死にさえしなければ良い人生が送れる。

根拠はないが。

少女の絵?

あぁ、あれはもうない。

オーナーに譲渡した。

だって、あの人が持っていた方が良いだろう?

短編なのでこれで完結です。

ご覧賞ありがとうございました。

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