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ある程度書き溜まったらまとめるかもです。
皇煌夜。
その名前に激しく聞き覚えがあった。
ついでに言うなら、その見目麗しい容姿も。
トゥルルル~♪な、ちゃらい音楽で始まる、世に言う乙女ゲーム。
その、攻略対象のメインヒーローだ。
ゲームから始まり、アニメ化、CD化、果ては連ドラ、実写映画化までされた超ビックネームな乙女ゲーム。
社会現象をも引き起こしそうな程、一世を風靡した恐るべき乙女ゲームのタイトルは、なんちゃら学園。……いや、えーと、うん。ぶっちゃけ興味なさ過ぎてタイトルは「学園」までしか覚えてない。だけど、なんちゃら~の部分が学校名なのだとしたら、多分「聖アールグレイ学園」なのだろう。サブタイトルは知らん。
一応、一年前まで必死こいて俺の本体が勉強した受験校だからな。さしものゲームやアニメにしか興味がなかった俺でも学校名くらいは覚えているぜ、えっへん校長!…古いか。
あー、兎に角、アレだ!ベルばら社会現象には劣るけれども、多くの女性を虜にしたイケメン尽くしの乙女ゲームは、ゲーマーでオタクで興味のないものは一切関知しない俺ですらその名を知るくらいには知名度が高かった。まあ、TVのCMがほぼこの乙女ゲームの宣伝で、イケボな声優さん達の砂を吐きそうな程甘ったるい口説き文句が延々と流れる度に、飲んでいた茶を吹きそうになったり喰ってたものを喉に詰まらせかけたりで散々だったからよーく覚えている。家族で食卓を囲む中、このCMが流れる度に母や姉がきゃーきゃー言っていたのもあるし、チワワな目で「そっかあ、最近の女の子の好みはこーゆーのなんだあ。そっかあ」と呟く肩身の狭そうな父を、何とも言えない謎の罪悪感に駆られながら同情の目で見遣った事も印象深く覚えている。俺は、父さんがちゃんとカッコいい事知ってるぜ?だから、強く生きろ、我が父よ。
閑話休題。
それまでの俺の本体……「私」は、メインヒーローである皇煌夜を目撃するまでは、前世の「俺」を思い出す事も、況してやこの世界が乙女ゲームの世界であるかもしれないなんて世迷言を知る事もなく平々凡々に過ごす普通の女子だった。
因みに、ザ・平凡の代名詞みたいな容姿だ。
日本人らしい黒髪に黒目、分厚い黒縁眼鏡。長い髪は三つ編みで、前髪は七三。
高校の制服もスカート丈は膝下である。
ここまでくると、靴下は三つ折りじゃないかって?流石に時代を感じさせる履き方はしていない。いや、ファッションとしては、三つ折りは悪くないけれど、俺のこの容姿でそれやっちゃあ笑いを取りにいってんのかという話になる。
まあ、受験勉強に必死になりすぎて髪切りに行く暇がなくて更に髪型を変えるのも面倒だったからこんなナリになっていたのもあるけれど。コンタクトすら惜しんで勉強していたからなあ。乙女ゲームの世界だからか、このなんちゃら学園……えーと、アレだ。聖アールグレイ学園の偏差値は滅茶苦茶高かった。しかも、この学校は小中校一貫校で、名前からも察せられるようにミッション系スクールだ。山奥に建てられた閉鎖的な空間にある広大な学園。血統を重んじる政界・財界の子息令嬢が多く通うこの学園は寮制で内部生がそのままエスカレーター式の学園で、滅多に外部から生徒を取らない。まあ、そもそも血統を重んじるっていう古めかしいお題目があるからか、コネか権力かを持ってないと入るのは難しい。或いは、特別秀でている特技があるなら、別だが。そう、この学園は、普通科、音楽科、美術科、体育科、特進科に分かれている。
普通科はまあそこそこの家柄の生徒の集まり(とはいえ、平凡な一般家庭で生まれた前世の俺からしたらメチャ金持ちだ)、特進科は血統が高く、成績優秀な生徒の集まりだ。
音楽科、美術科、体育科は、家柄はあまり関係なくその道に秀でていて進学もその方面の子が多いという感じだ。まあ元々、お偉い所の子息令嬢の集まりの学校だから一般の生徒の家柄の基準は高いけれど。……誰か、びん坊ちゃまいねーかなあああ。そしたら、ちょっとは親近感持つぜ?例え見た目が露出狂の親戚でも。ほら、アレだ。元上流階級の金持ちが、見た目だけは派手に取り繕い、目に付かない部分は節約した散財してんのか節約してんのかよう分からん微妙な恰好。前の服だけ張りぼてで、後ろは服がない紙の着せ替え人形みたいな服を着ている歩く裸の王様だ。ネタが古すぎて分からないって?ググれカス!……すんません、ちょっと言ってみたかっただけです。だって、この状況意味わかめなんですもん。激おこなんですもん。ちょっと、怒りの発露の場所が欲しかったんです。あー、叫びてえ。王様の耳はロバの耳~!
だって、だって、だって!
俺、「男」だよ?!
今「女」だけど!
前世でよくあるジャンルのTS転生したって事だよ?!誰得だよ!需要と供給!少なくとも、俺的需要はねえ。何が、哀しくて、女に生まれにゃならんのだ。ハッ、前世の俺がモテなかった所為か?!せめて女の子になればモテるとでも?!どんだけ、男の俺救いようがないんだよ!男は顔面偏差値じゃねえ、中身で勝負だ!!!え、性格もダメだったって?……俺にどうしろと?
高校の入学で突如前世の人格である「俺」を思い出し、更にこの世界がゲームの世界だったなら、もしかしたら精神憑依系っていうのも可能性があるだろう。
だけど、残念ながらその可能性も低い。
何故なら、「俺」と「私」は陰性か陽性の差異しかないからだ。
これまでの15年間の記憶もばっちしあるし、「俺」の人格が前の人格の「私」を押し流して消したっていう感じでもないし。「私」も「俺」も基本スペックの違いが性別である事以外、大して性格が変わってないのだ。いや、言葉遣いや思考回路は上品か下品かの違いくらいはあるけど。でも、基本「私」はまんま 「俺」。
女だから、隠れオタだけどゲームも漫画も大好きだし、イケメンやリア充共を忌避している所も一緒。自分より見目良い奴らは大抵クラスのカースト上位だし、底辺のおまけ扱いのポジションで謎の安堵感と劣等感を持っている所も一緒。因みに、自分より背の高い男は敵とも思っている所も一緒だ。異性は苦手だし、同性もなんだか苦手。ここも一緒だ。
過去の男であった俺も、イケメン嫌いをこじらせて身長高い奴にも死ね死ねオーラを放っていたし、母や姉の影響で若干女性不信に陥り「女は二次元に限る」と思っていたので、三次元の軸を持つ女は兎に角苦手だった。
今の女の私は、引っ込み思案の性格とオープンにできない趣味もあって、身長低くて女子力も低いから、身長高い奴らも顔面偏差値が高い奴らも総じて苦手だ。異性はちゃらちゃらしてるし、同性は恋愛一色できゃらきゃらとしている。特に女子は、臭い香水やケバイ化粧、ゴテゴテとしたピンクの装飾品、露出過度なミニスカ、更には友達を裏で陰口叩いたり、恋の牽制、集団トイレ移動など前世では見えなかった同性の黒さを身近で見てきていたから前世以上に苦手になってしまった。特に、公共であるトイレで、スカートを平気でたくし上げてパンツを見せている姿にはビビった。学内なのに、お巡りさん呼ぼうかと思うくらいだ。
勿論、例外はいる。純粋に凄い奴とか、裏表なく可愛らしい子もいるにはいた。そう言った場合は、どちらの時も遠くで「おおー、良かった。まだ日本は終わってなかった」と心の中で滂沱の涙を流しながら快哉を上げるくらいだ。まさに、仏様を拝む老人の図である。うん、若さがねえけど、ほっとけ。
前世の俺の性格やら知識やら粗方あるが、肝心の思い出とか死因とかは微妙に曖昧だ。ゲーム仲間のダチに「ついに魔法使いだな!おめでとー♪」メールが着て会社帰りに闇討ちしてやったのは覚えているから、少なくとも30歳までは確実に生きている。だけど、俺を形成する環境とかは穴があったり、なかったり。完全に思い出したわけではないのか、情報不足である。
ただ、何故か、この乙女ゲームの記憶はばっちりあったというのは解せぬ。
もっとさー、何かあったろ。もうちょい覚えとく事さー。前世知識あるなら学業面でチートできんじゃね?と一瞬思ったけど、忘れることなかれ、俺の本体は所詮、性別が違う事くらいで中身クリソツなのだ。二人は一人なのだ。社会人になって学業に長らく離れていれば、学業の知識等するする抜けている。寧ろ、この偏差値の高い高校に入るくらいだから、今の「私」の方が頭が良いとさえ言える。まあ、ちょっとは知識があるちゃあ、あるが、精々凡人の域を出ない範囲のちょっぴりである。前世では自作PC作るくらいにはゲームに嵌っていたから、それ関係しか活かせる部分がない。少なくとも、今の本体年齢的にも「私」には必要ない知識である。お疲れ様でした!
はああ。まあ、性別くらいの違いとは言ったけれど、前世の人格が戻ってからは、元々女子力が低かった「私」は、完全に「俺」一色である。まさに男女。ナベじゃねえし、性同一性障害とか御大層なもんでもないとは思うけど……。でも、俺は男で。でも、体は女で。不満ではある。でも、女として生きてきた年数が長くて「俺」は「私」でもあったから、スカートにも女言葉にも体の違いとかもそこまでショックを受ける程受け入れられねえってわけでもない。でも、と思う。だったら、前世の「俺」の記憶何で蘇っちゃうかなあとorzしたくなる。だって、「俺」は男なのだ。「私」は元々女だから「私」は別に良い。だけど、男として生きてきた「俺」が、女として生きていく「私」を複雑に思わないわけではない。ぶっちゃけ、中身が一緒すぎて、性別どうでもよくね?状態だけど、それはそれ。これはこれなのだ。
だって、「俺」と融合した「私」が、同性異性問わず、恋愛的な好意を持つのは難しくなった。いや、前世ではモテなさすぎて卑屈になっていた部分もあるけど、可愛い女の子は好きは好きだったのだ。それなのに、今世では性別女だったからか女の子は対象外。男性も苦手といえば苦手だったけど、ゲームも漫画も好きだったから普通に少女漫画系も読むから、恋愛的な好意を持つ可能性は低くはあったけど決してゼロではなかったのだ。いや、別に「俺」も「私」も結婚願望なかったし不便はないっちゃあないけども、複雑である。
むむむ。
思わず、眉間に皺が寄る。
「……………うーん、うーん」
卵が先か鶏が先か―――高尚的な論題が頭に思い浮かぶ程、結論の出ない問答にくらくらする。
「凄い顔で魘されているな。もうとっくに放課後なんだが、一体いつ起きるんだ?別に、異常はなかったんだろ?」
「まあまあ。多分、貧血か寝不足だとは思うけどねー。この子が起きないとそれ以上は分からないわ」
「入学式での失神者は何名かいたが、式終わりには復活してたし、こんな時間まで眠りこけてなかったんだがな」
「あー、凄かったわよねー。毎年思うけど、やっぱりお嬢様とか神経が繊細な作りなのかも。」
「これが、他の二年、三年合同だったら、失神者人数が桁違いに跳ね上がっていただろうと思うと、本当にやってられん。業務外労働だと訴えてやりたくなる」
「とても教師から出るセリフには思えないわー」
「俺はもう職員室に戻る。そいつが起きたら、こっちに来るように言っといてくれ」
……男女の声と、扉の締まる音。そして、遠退いて行く足音。
「うーん?」
パチクリ。
思考の波に揺蕩っていた俺は、閉じられていた瞼を押し開ける。
「あら、眠り姫が起きたみたいね。――おはよう。どこか調子悪いところはない?」
俺はいつの間にか仰向けで寝せられていた状態で、視界の先にあった白の天井と優しい顔をした美女の顔に状況が把握できずにきょとんとする。
数瞬を挟んで、言っている事を理解して、状況を察する。
「すみません、先生。私……。あの、体調は大丈夫です」
きっもっちわるううう!!!!!!
うん、「俺」が言ったらな。でも、表の口調は「私」だから。幾ら、前世の人格が蘇ったといっても、この本体は女で、「私」なのだ。だけど、折角蘇ったのだし娑婆の空気を味わう感じで、「内なる俺って感じで隠すのも良いよね」的な中二臭い分け方だけど。うん、一人称と口調の荒さの違いだけで、性格はまんま一緒だからね。それに、いきなり男の「俺」を前面に押し出すと周りの連中が引くだろうし。外部生だし、周囲に知り合いがいるってわけでもないから、別に隠さなくても良いんだけど、見てくれが女の子なのにいきなり男臭い喋りだったら、お嬢様お坊ちゃま学校じゃ余計に浮くだろう。せめて、男物の制服ならまだしも、髪の毛三つ編みのスカート穿いたチビだしなあ。このナリでガサツな男口調だったら、俺だったら二度見する。そしてそっと距離を置くだろう。
俺はできるだけ申し訳なさそうな顔を作りながら頭に手をやり、寝かされていたらしい保健室のベッドから上体を起こした。当たり前だが、靴はしっかり脱がされている。うん、本当申し訳ないっす。
ベッドの脇には、白衣を羽織った顔面偏差値の高い若い女性。保健の先生は優しくて美女の設定ですね、分かります。ご馳走様です。
「ふふ、大丈夫よ。保険医の仕事ですもの。体調が大丈夫そうなら良かったわ。にしても、良く眠ってたわねー。もしかして、寝不足かしら?もう放課後よ」
What ?
「え、放課後ですか?!」
「とっくに、入学式は終わったわよー」
俺は聞き捨てならないその言葉にか弱い女の子の演技も忘れてばっと保険医の顔を注視する。
「えーっ」
マジか。
「ほらほら。起きれるようなら、職員室行ってきなさい。さっきまで、貴女の担任の教師がいたけど戻っちゃたからねー。入学式の名簿見たら親御さんは列席してないようだったし、生徒名簿の連絡先にも留守電で連絡取れなかったっていうのもあるけど、肝心の入学式で倒れてそのままだったから、貴女HRの連絡事項も知らないでしょ?」
そうだ。入学式に前世の記憶を思い出してぶっ倒れてそのままだったんだ。
担任の教師を知る前に倒れたから、クラスは一応把握しているけど、入学式以降のHRの連絡事項も、恐らく真っ先にあっただろう自己紹介も、不参加だ。完全に出遅れている。
ざっと血の気が引いて、急いで靴をひっかけて隣の椅子に置いてあった鞄を取って保健室の入り口まで駆け寄る。そのまま飛び出して行く前に、慌てて方向転換して保険医に頭を下げた。
「すみません失礼しますお世話になりましたー!!」
ほぼノンブレスで言い切り、頭を上げた瞬間廊下へダッシュした。
華奢な腕時計を見ると、針が差すのは16時。どんだけ寝こけてんだよ俺!
「……元気になったのは良いけれど、あの子職員室の場所分かるのかしら?」
保険医のきょとんとした疑問の声が、当人が去った保健室に響くが、勿論当人に聞こえる由もなく。
彼女の懸念通り、少女は延々と校舎を駆け回る事になるのだった。
To be continued…?