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お狐様、まかりとおる!! ~転生妖狐の異世界漫遊記~  作者: 九巻はるか
第1章 大森海の世界樹とお狐様
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その7 お狐様、ご都合主義に屈する!

 部屋に転がる幼女の首を少女は唖然として見つめていた。


「……なんで?」


 伊織は訳が分からずそう呟いた。なぜなら、目の前に落ちていたのが伊織の首では無く、表情に不敵な笑みを張り付かせたアティラの首だったからだ。


「コン……どうしよう……殺人事件発生だよね、これ。容疑者不明だけど」


 状況から見て明らかにお前が容疑者であるが、勘の悪い伊織は完全に他人事だ。

 そもそも伊織に円月輪を放ったのはアティラのはずなのに何故、首を刎ねられているのもアティラなのだろうか。

 そんな疑問を頭に張り付かせる伊織だったがすぐに考えるのが億劫になったらしく、


「アティがロリババアだったからきっと神様が天罰を与えたんだよ! 間違いない!」


 と、極めて自分に都合良い理屈で納得した。

 神様の天罰も何も目の前に首が転がっているアティラ自体がこの世界における神様の一人なのだが、そんなことを気にする伊織ではない。


「うーん。ご遺体はどうしよう……」


 伊織は床に転がるアティラの首と立ったまま硬直している体を交互に見ながら今後の対応に頭を悩ます。

 短い間とはいえ、一応は世話になった相手である。仏様は丁重に葬るべきだよねと、神社の跡取り息子(元)は独り言を呟きながら首が落ちた体に近寄り、抱きかかえようと手をかけた。

 すると、ぽん!という音と共に体が消えたかと思うと伊織の華奢な手に小さな枝が残った。小枝は先が鋭利な刃物で切れており、不完全な状態だ。


「えっ? どういうこと!?」


 伊織は突然のことに驚いて当たりを見回すと、床に落ちていたはずの頭も消えており、頭があった位置には切断された小枝の先が転がっていた。


「もしかして、アティはこの小枝だったのかなぁ」


 伊織は落ちていた小枝の先を拾いながら納得したように呟く。すると、


「うむ。そのとおりじゃ」


 突然、伊織の背後から声がかかった。驚きで狐耳と狐尾がぴんと立つ。慌てて振り向く伊織。

 するとそこには首ちょんぱされたはずのアティラが五体満足な形で微笑んでいた。



――――――――――――――――――――――――――



「何で生きているんです? 首落ちてましたよね?」


 伊織は首を傾げて聞いた。あんまりな質問だが、アティラは特に気にかけず返答する。


「妾はこの樹が本体なんじゃぞ。顕現けんげんした体を切られた位で死ぬわけが無かろう! ……まあ、マナは大量に喰うがな」

「そういうものなんですかー」

「そういうものじゃ」


 生返事で返す伊織。いまいち原理が分からないが、アティラがそう言うのならそうなのだろうと何となく納得だ。


「しかしまさか、転移魔術で円月輪を妾に向けて転移させるとは思わなかったぞ? 汝もなかなかやるではないか!」


 アティラは感心したように言った。どうやら機嫌は直ったらしい。

 一方、伊織は心当たりが無いようで首を傾げる。


「転移魔術? 私、そんなことしました?」

「なんじゃ? 無意識だったのか?」

「ええ。そもそも昔の記憶が何一つありませんし」


 というか、魔術を知ったのも使ったのも先ほどアティラに教わってからである。記憶以前に知識が元々無いのだからわかるはずが無い。


「……ふむ。妖狐というのは予想以上に上位の種族やもしれぬのう」


 一人納得したように呟くアティラ。そんなアティラに伊織は疑問をぶつけた。


「妖狐って、私以外にもいっぱいいるんですか?」

「少なくともこの大森海には住んでおらんし、実物を見たも汝が初めてじゃ。この家に住んでいた者も伝承は残っているが実際に見たことは無い幻想種ファンタズマだと言っておったし、絶滅しておるか、いても極少数じゃろうな。もしかしたら汝は数少ない生き残りで難を逃れるためにここに転移してきたのかもしれんぞ? 人間どもの間では汝のように珍しく見目の良い種族はよい値がつくという話らしいからのう」

「うわー、人買いに捕まったら(性的に)愛玩用まっしぐらですね。気をつけないと。……でも、そっかぁ私って幻想種なのか……ふふっ、レッドデータブックに載る勢い」


 伊織は一瞬だけ警戒心を高め身を引き締めたが、差し迫った危機があるわけでも無いので、記憶からその情報を真っ先に削除。すぐに自身の希少性にホルホルし出す始末であった。

 お狐様に転生したことを嘆いていた過去など今や昔である。


 そんな、喉元過ぎれば熱さを忘れるを地で行く伊織であったが、生命の危機を脱したことに安心したのか、急にお腹が生理的欲求を主張しだした。


「コン……お腹すいたなぁ。アティ、ここいらへんに食べ物ってありませんか?」

「食物か? 前に住んでいた者どもの遺していったものが台所の棚にあったと思ったが」

「台所ですねっ!」


 「遺して」いったという表現にそこはかとなく不安を覚えた伊織だったが、背に腹は代えられない。喜び勇んで台所に突入。棚に置いてあった大小10ほどのかめを発見した。


「食べ物ゲットォォォォ!」


 伊織は小さい甕を一つ手に取り、両手で頭の上に掲げ喜びを表現。すぐに足元に下ろしおそるおそる蓋をあけた。

 わくわくとどきどきで尾がふりふりと揺れる。

 甕の中を覗き見ると薄茶色をした泥状のものがなみなみと入っているのが瞳に映った。

 伊織は指で一掬いし、それを口に運んだ。すると口内にはグルミタミン酸が織りなすうまみが一気に広がり、ほどよく熟成したそれは鼻孔をやさしくくすぐり食欲を増進させた。


 それは正に味噌であった。


「異世界なのに味噌キター!」


 諸手を挙げて喜ぶ伊織。まさか異世界で日本人のソウルフードとも言うべき味噌に出会えるとは思っていなかったのだ。

 そんな意外すぎる食料の登場に喜んでいた伊織が、甕が並ぶ棚を見てはっと気がついた。


 ……味噌があるのなら醤油もあるのではないか? と。


 すぐに棚の甕をあさる伊織。すると、伊織の予想通り甕の中には醤油がなみなみと入っていた。


「醤油もキター! 前の住人さんはきっと転生した日本人だよ! 他の甕には何がはいっているかな!」


 喜び勇んで他の甕を確認していくと、小さい甕には砂糖・塩・酢・油・澱粉がそれぞれ入っており、三つある大きい甕のうち一つには酒がなみなみと満ちていた。


「お酒もあるじゃん! しかも日本酒! 料理にもお神酒にも使えるね!」


 神社なぞあるわけが無いこの森でお神酒として使う機会が訪れるとは到底思えないが、ただ単にそこまで深く考えていないだけである。

 伊織は「さて残り二つの甕には何が入っているのかな?」とどきどきしながら一つ目の甕の蓋を開けた。

 するとそこには白い粉が一杯に詰まっていた。


「ペロッ! こ、これは小麦粉だぁ! 初めての炭水化物キター!」


 わーいと喜ぶ伊織。なお、小さい甕に入っていた澱粉や砂糖も炭水化物であるが、伊織の知識では主食になる物=炭水化物なのである。

 無知とは罪である。


「小麦粉があったとなると、残り一つにはきっと……」


 伊織は最後に残った甕にちらりと見た。胸が期待で膨らむ。

 そして、恐る恐る甕の蓋を開けた。するとそこには……、


「コン! ……こっ、これは! わんだほー……」


 金色の狐耳と狐尾がぴんとたつ。

 甕の中のもの。それは純白に輝く北海道産最高級ゆめ○りか(米)だった。しかも精白済みである。

 伊織は思わず言葉を失った。まさかここまで上等な米があると思っていなかったのだ。

 そうしてしばらく伊織がほわほわと幸福に浸っていると、アティラが様子を見に台所にやってきた。


「目的の物はあったかの?」

「ええ! 完璧パーフェクトです!」

「それは良かった。わざわざ遺しておいた甲斐があったわい」


 アティラは嬉しそうにころころと笑いながら頷いた。


「そういえば、前に住んでいた方々っていつぐらいまでここにいたんですか?」

「それほど前じゃ無いぞ。二人とも大体100年くらい前に死んだはずじゃ」

「え?」

「いや、200年くらい前だったかのぅ? まあ、いずれにせよ最近の話じゃ」

「いやいやいや! 100年から200年前って全然最近じゃないですよね!」

「そうかのう? 前の者どもが死んで、寝て起きて食って寝て起きて食ってを数回繰り返したらもう汝がいたのだが……」


 さすが、御年2億4千万年とんで6歳のニート様である。時間の感覚が普通では無い。


「それ、あくまで世界樹的感覚ですから! その感覚に普遍性は無いですから!」

「ううむ……そうかのう?」

「アティの話を信じると、この味噌とか醤油も100年以上前の物になるのか……食べて大丈夫かなぁ」


 伊織は指摘に納得いかないご様子のアティラを軽く流しつつ悩む。


 ……味噌こそは一口掬って舐めた感じでは大丈夫そうだったが、醤油や米などまで大丈夫とは限らない。経年を考えれば安全性に問題がある可能性が極めて高い。となると森で食物を探すべきであるが、この森で自分が食べられるものを得られるとも限らないし、危険な目に遭う可能性も否定出来ない。ならば多少のリスクをとっても目の前の米や味噌を食べるべきでは無いのか? でも、食あたりしたら嫌だし、仮に食あたりしなくても食べきったら、結局自力で食物を探さないといけなくなるのだから、体力のある内に森に繰り出した方が……でも……。


 伊織は答えの出ない問題に頭を悩ましていると、アティラが耳寄りな情報をご提供だ。


「その甕には確か保存の魔術がかかっておったから劣化しておらんと思うぞ?」

「なんと! そんな便利な魔術ががが! となると、あとは量の問題だけか……」


 これで食の安全はクリアだ。残りは量の問題だが、ここでもアティラが一言。


「甕に増殖の魔術も付加されておったから食い尽くさん限り無くなる心配もいらんぞ?」

「なにその反則技!? 質量保存の法則はどこ行った!」


 いくら魔術とは言え、さすがに都合良すぎるだろうと伊織は思った。


「……まあ、でもこれはこれでアリかな」


 思ったが別にそのことに不満がある訳では無いので精神的に大人(自称)の伊織はそれを受け入れることにした。

 大人なので多少の疑問や不都合も当然スルーだ。大人になるって悲しいことなのだ。


 うんうん頷きながら一人、自己解決する伊織を見て苦笑いを浮かべるアティラだった。




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