その49 お狐様、取調べに対しホシはツキヨタケだとゲロる!
「はあーーーーっ、はあーーーーっ」
伊織は寝転がったまま大きく肩で息をした。目に光は無く視線もぼんやりと定まらずにただ中空を見詰めるばかりだった。
無理も無い。執拗に尾の周辺をイロハに責められ、何度も大きな笑声をあげるハメになったからだ。
「伊織様、大丈夫ですか?」
穢れちまった悲しみに暮れる伊織に、主犯のイロハが心配そうに歩み寄り膝を折った。そして丁寧な手取りで伊織の頭を自分の膝に乗せた。
「イロハ、非道いです……」
イロハの膝枕により若干正気を取り戻した伊織は瞳を潤ませ、イロハの三角地点に顔を擦りつけた。
内心、役得だと思いつつ傷ついた心をスケベ心で癒やす。
「ふふ、少々やり過ぎてしまいました。これも伊織様が可愛いすぎるのがいけないのです」
イロハは伊織の頭や背中をゆっくりと撫でつつ優しく微笑んだ。
「ううっ、可愛すぎる自分が憎い……」
悔やんでいるようで、その実、自分アゲに余念が無い伊織。
イロハのふとももと三角地点を堪能したことにより、メンタルが通常まで回復したのだ。エロ万歳であった。
「で、結局中毒の原因は何だったのじゃ?」
伊織を断罪(笑)したあと再び吐き気を催し、ちょっとリーバスして元気になったアティラが疑問を口にした。
「……ツキヨタケです」
「うむ? ツキヨタケ?」
「ええ。ツキヨタケです。昨日、私が採取してきたヒラタケの中に毒きのこのツキヨタケが少し混じっていたみたいです。知覚の加護的には『ツキヨタケを知覚。毒性分であるイルジンにより嘔吐等発生。現在、治癒の加護で回復中。緩解まで30分の見込み』だそうですよ。まあ、もう知覚してから30分以上経っているから治っていますけど」
原因はツキヨタケであった。
ツキヨタケは漢字では月夜茸と書き、その名の通り夜になると半円形や腎臓形の傘の下のひだが月のようにぼんやりと弱く発光するきのこである。
なお、このツキヨタケ、食用のヒラタケやムキタケと同じ場所にも普通に生えるうえに、見た目もヒラタケやムキタケに似ているため誤食を起こしやすいきのこである。
で、伊織もまんまと騙されてヒラタケに混じって生えていったツキヨタケをゲット。それをイロハが朝食に使い伊織とアティラが仲良く中毒したという顛末であった。
「……全く。汝が採ってくるものは毒ばかりじゃのう」
伊織の説明を聞いたアティラが溜息を付いた。採取物における毒物の頻度が高すぎるのに呆れたのだ。
「うっ! 悪気は無いんですよ! 悪気は!」
「余計に始末が悪いのじゃ!」
「無能な働き者と言ったところですね」
「イロハ、辛辣すぎです!」
イロハの容赦ない物言いにちょっと涙目になる伊織。そこまでずばり言われたらさすがの伊織でも傷ついてしまうのだ。
「……でも、そこが逆に魅力的でもあります。調教甲斐があって♪」
「アカン! コイツ、もう教育だと言い繕うことすらしねぇ!」
「ふふ。調教も教育も同じ事ですから。世界一の巫女になるために、その舐めた言動も直していきましょうね、伊織様」
イロハは伊織の狐耳を愛情深く優しく撫で慈しんだ。
「こぉん! 人になっても愛が重い! 重すぎるよ!! 助けてアティ!」
だが、言っている内容が内容のため寒気しか感じない伊織はアティラに助けを求めた。
「ま、精々頑張ることじゃなw」
だが、アティラは伊織をドライに突き放した。完全に他人事だったのだ。
「あー! 何、他人事と思っているんですか! 私はアティの巫女なんですよ!? 少しくらい加勢してくれたって良いじゃ無いですか!」
「ふふん! 初めから気品と知性に溢れておる汝には元より関係の無い話なのでな♪」
アティラは『ちっちっちっ』と人差し指を左右に振って得意げな笑みを浮かべた。
イロハの調教の対象が自分に関係するとは露にも思っていなかったのだ。あくまでこれは伊織とイロハの問題だと。
だが、世の中そう甘くは無かった。
「……アティラ様も少々品が無いところがありますので、神として相応しい行動と言動を取れるよう、伊織様と同様に(肉体言語を交えつつ)助言させて頂きます」
「なん……じゃと……?」
イロハは落ち着いた様子であっさりと宣言。アティラに戦慄が走った。
「アティラ様といえど手加減はいたしませんのでお覚悟を」
「」
イロハの無情な追い打ちに言葉を失い、絶望を顔に貼り付けるアティラ。それを見た伊織は、
「ザマーーーーーーーーーーーーーーーー!! wwwっうぇwwwっうぇ、悪は滅びたぁwww 残念! 人を呪わば穴二つでしたっwww」
アティラを指差し大いにあざ笑った。控えめに言ってクズであった。
イロハは眉を顰め、伊織を軽くコツンと叩いた。
「伊織様。『めっ!』ですよ」
「え? ご褒ぅぁ――」
瞬間、何故かドゴッとした音が室内に響いた。そして、悲鳴をあげる暇も無く地面にめっこりめり込む伊織。潰れたヒキガエルの如くであった。
イロハは人になってもパワーは六つ足熊のままというか、マナの関係でむしろパワーアップしていたのだ。
「ああっ! 伊織様! 大丈夫ですか!?」
「……」
返事は無い。ただの屍のようだ。
そして焦るイロハ。無理も無い。まさか、人になったことでパワーが上がるとは思っていなかったのだ。
それこそ、力も人並みになっていると思っていたのだ。だからちょっとつんと小突いた程度で伊織が地面に埋まるとは夢にも思ってもいなかったのだ。
それはさておき、イロハは慌てて地面から伊織を掘り起こすと、目を回している伊織を抱きかかえて必死に介抱した。
「ほほほっ! 天罰じゃ! 世界樹で生命の神である妾をバカにした天罰じゃwww 巫女の分際で神に唾を吐くなど2億4千万年早いのじゃwww」
一方、アティラはそれ見たことかと伊織を嘲笑。伊織に負けず劣らず清々しいほどにクズであった。神と巫女、完全に似たもの同士であった。
そんなどうしようも無いアティラに眉を顰めたイロハが、アティラを軽く小突いた。
「アティラ様も、『めっ!』ですよ」
「む? ぐぎゃっ!」
刹那、何かが壁に叩きつけられる音が室内に響いた。
アティラが吹っ飛ばされ、壁に磔になったのだ。
「ああっ! アティラ様まで! 大丈夫ですか!?」
「……」
返事は無い。ただの屍のようだ。うっかりアティラまで葬ってしまい頭を抱えるイロハだった。




