表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お狐様、まかりとおる!! ~転生妖狐の異世界漫遊記~  作者: 九巻はるか
第1章 大森海の世界樹とお狐様
43/56

その42 お狐様、一歩進んで二歩下がる!

「アティ、ただいま帰りましたよー!」


 世界樹に帰ってきた伊織が元気よく家に飛び込んだ。


「随分と遅かったのう。どこで道草――んむ?」

「な、なんです?」

「汝、前よりも少しまともな顔つきになったのう」

「そうですか? 自覚は無いけど……」

「何かあったのか?」

「あったといえばありましたね」


 伊織は背負っていた籠を下ろしながら答えた。


「勿体ぶらないで教えるのじゃ!」

「再会と別離のコラボレーションといったところですかね」

「意味がよくわからんが……まあよい、それよりもきりたんぽ鍋の具材は確保できたのか?」


 己の巫女が成長した理由よりも食い気の方が大事なアティラであった。


「気になります?」


 伊織は籠に手を突っ込んだままにやりと口角をあげた。


「なるに決まってるじゃろ! 勿体ぶらないでさっさと出すんじゃ!」

「仕方ないですね……じゃーん! せり!」

「おおっ! 素晴らしい!」


 伊織は籠から大きく育った立派なセリを出し、頭の上に掲げた。

 アティラは勢いに釣られて感嘆の声を上げた。


「せりは分かった。で、肝心のきのこはどうじゃったのだ?」


 アティラはそわそわしながら期待に目を輝かせた。


「さてさて……」


 伊織はその反応に気を良くしたのか、籠に手を突っ込むとそのまま停止。すぐには取り出さずアティラを焦らした。

 するとアティラは待ちきれないのか「はよはよ」と伊織の裾を引っ張った。

 伊織はアティラのおねだり姿に、ご飯をねだる妹の幼少期を幻視。ほっこりした気持ちになったので焦らすのをやめ、籠から採取したきのこを取り出して掲げた。


「じゃーん! きりたんぽの準主役、舞茸~~!」

「おおおおっ!! 素晴らしいィ!! でかした! さすが妾の巫女じゃ!」


 諸手をあげ喜ぶアティラ。伊織が掲げた舞茸が非常に大振りな株で見るからに立派で美味そうだったからだ。あれが鍋に入ればさぞ美味だろうと期待せずにはいられなかった。


「お褒め戴きありがとうございます。でも、ゴロハチが生っている所まで連れて行ってくれたから採れたんです。感謝ならゴロハチにして下さい」


 アティラの称賛にはにかみつつも、ゴロハチの名をあげて謙遜した。

 いつもなら『手柄はすべて俺のもの!』精神を発揮して自分が見つけたと主張し、ホルホルしだすゲスなのだが、阿武隈やゴロハチとの一連の体験が伊織の精神を『いっぽうえのおとこ』へと押し上げていたのだ。


 まあ、ようやく人並みの倫理観を持つに至っただけの話なのだが、人並みな部分が少ない伊織には革命的な出来事であった。


「ほう、ゴロハチがの? だが、汝も非常に大儀であった!」


 伊織の謙遜を興味深そうに目を眇めつつ尊大に褒めた。アティラも伊織が精神的に成長したのを感じ取ったのだ。


「はい、ありがとうございます」

「では、早速夕餉に取り掛かろうではないか!」

「はいはい、ちょっと待って下さいね、今から用意しますから」


 伊織がせりと舞茸を持って厨房に向かう。


「手早く頼むぞ! ……ん?」


 お手すきのアティラは伊織が居間に置いていった籠に気がつき覗き込む。すると、そこにはまだ大量のきのこが存在していた。


「のう! 籠に入っている大量のきのこはなんじゃ?」


 厨房にむけて叫ぶアティラ。伊織が叫び返す。


「それは平茸です! きりたんぽ鍋には入れませんけど、後日煮物とか素焼きとかにして食べるためにいっぱい採ってきたんですよーっ!」


 平茸であった。アティラが大食らいであるため、取れるだけ採ってきたのだ。


「それは重畳じゃ!」


 疑問か解決したアティラは大仰に頷いた。何をするにも尊大で仰々しいが、神格とプライドが無駄に高い神なので仕方ない。

 アティラは籠の中の平茸をじっくり眺めた後、椅子に腰掛けた。


「きりたんぽ鍋か、楽しみじゃのう楽しみじゃのう!」


 足を子供のようにぶらぶらと振り、期待に胸を踊らせながらきりたんぽ鍋を待つ。

 そうして待つこと約一時間。割烹着姿の伊織が鍋敷きと鍋を持って戻ってきた。


「はい、出来ましたよー。きりたんぽ鍋です」

「おおっ! 待ちわびたぞ! どれ、まずは中を見せてみよ!」

「はいはい。どうです?」


 伊織は鍋をアティラの顔に寄せた。アティラは鍋を凝視する。


「この白いのがきりたんぽなのか?」

「はい。切ったたんぽ。きりたんぽですね。炊きたてのご飯を潰し、棒に巻き付けて焼いたものです。なんでも稽古用の槍であるたんぽ槍に似ていることから付いた名前みたいですよ」

「成る程」

「鳥のお肉と舞茸の出汁がきりたんぽに絡みとっても美味しいんですよ!」

「うむ。薫りもとても良いし、これはかなり期待できそうじゃのう!」

「じゃあご飯を持ってきますね」

「これ、ちょっと待つのじゃ」


 アティラは鍋をテーブルに置いて厨房に戻る伊織を呼び止めた。


「はい? どうしました?」

「米ならきりたんぽがあるじゃろ? 白飯も必要なのか?」

「はあっ? 何を言っているんです! きりたんぽ鍋にご飯を付けないなんてありえませんよ!」


 アティラの当然の疑問に伊織が怒髪、天を衝いた。怒りでマナが活性化したのか、狐耳と狐尾がピンと立ち、同時に毛が逆立つ。


「じゃ、じゃが、きりたんぽは米じゃろ? 白飯も米じゃろ? ならばどちらかで良いのでは無いのか?」


 伊織の勢いに気圧されながらも反論するアティラ。だが、伊織には火に油だった。


「おばぁかさん! アティは本当におばぁかさん! 良いですか、鍋と言うことはそれなりに塩気があるのです。ぶっちゃけしょっぱいわけです。だから、そこに炊きたてのご飯! ナチュラルなご飯! ご飯の仄かな甘みと鍋のしょっぱさがコラボレートしてハーモーニーを奏でるのですっ! つまり鍋の具材は舌の上でご飯と絡むことを前提に味付けされているのですよっ! それなのに、アティは『きりたんぽは米だから、白飯は必要無い』ですか!? ふざけるな! 貴様にきりたんぽの何がわかるというのだ!!」


 声、高らかに持論を展開する伊織。炭水化物+炭水化物というデブまっしぐらな組み合わせだろうが伊織には関係無かった。なぜなら伊織はご飯党だったからだ。

 きりたんぽ鍋に白飯は勿論、ラーメンならラーメン+ライスがデフォルトであり、お好み焼きならお好み焼き+白飯を出すのが普通なのである。


 なお昔、炒飯に白飯を付けたところ、父と妹に「さすがにこれは無い」と真顔で言われたので仕方なく付けなくなったが、今でも炒飯にも白飯は良く合うと思う程度にはご飯党であった。だからアティラのきりたんぽ鍋に白飯は不要論に異議を唱えたのである。


 そうして、全てを言い切ったところで伊織がふと我に返りアティラを見た。

 すると、伊織の白飯に対する執着ぶりにドン引きしたご様子のアティラが引きつった笑みを浮かべていた。


「そ、そうか。うん、まあ、汝がそういうのならそうなんじゃろうな」

「……お前の中ではな?」


 ジト目で言を引き継ぐ伊織。


「んむ? どういう意味じゃ?」


 だが、アティラは伊織の言いたいことがわからなかったのかきょとんとして首を傾げた。


「うわぁぁぁぁ! 心が腐っていたのは自分だったぁぁぁぁぁ」


 邪推した伊織が頭を抱えのたうち回った。皮肉だと思ったものが素直な気持ちの吐露だったからだ。

 どうやらマヌケなゲスは見つかったようだ。多少成長してもゲスはゲス。厳しい現実だった。


「お、おい! 一体どうしたのじゃ!? どこか具合が悪いのか?」


 いきなり気が触れたようにのた打ち回る伊織に心配そうに声を掛けた。


「そんな綺麗な目で私を見ないでぇ!」


 残念ながら今の伊織には逆効果。アティラの純真が伊織に追い討ちをかけた。やましいココロに綺麗なキモチはよく効くのである。


「兎も角! はい、ご飯です! さあいただきましょう!」


 伊織はどこからとも無く炊き立てのご飯を出すとアティラの前にドンと置いた。

 これ以上やり取りを重ねても一方的に自分にダメージが入るだけだと判断したのだ。


「う、うむ。では夕餉とするか」


 伊織の強引さに気圧されながらも素直に食卓につくアティラだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ