その3 お狐様、割り切る!
あるものを証明することは容易だが、ないものを証明するのは難しいなどと意味深なことを伊織は考えながら、ふりふりと動く尾を撫でた。
伊織が渇望した例のブツは結局無く、あるのはお尻から太く生える立派な尾が一本だけであった。
「コン……やっぱり女の子のお狐様に転生したに間違いないようだね……」
伊織は大きく溜息を付いた。死んでしまったのもショックだし、女の子になってしまったのもショックだった。そしてなにより大好きな家族にもう二度と会えないことが悲しかったのだ。
とはいえ何時までも嘆いていても始まらない。伊織は少しだけ父や亡くなった母、友人、そして妹のことに思いを馳せた。そしてぽろりと大きな涙を一粒二粒流すと、全てを振り払うようにぱんと頬を両手で叩いた。
「さて、これからどうしようか」
伊織は首を振り辺りを探る。まず目に入ったのは、目の前にある姿見をした小さな泉である。伊織は再び泉まで歩み寄り中を覗き込む。透明度が高い泉の底からこんこんと水が湧き出ているのが見えた。
伊織は白く華奢な手で水を掬い口に含む。まろやかで柔らかい口当たりの水が口内から喉を通り過ぎる。
「うん、水は大丈夫そうだね。あとは寝床と食べ物だけど……」
泉の中を見回してみるが魚はいないようだ。伊織は泉で食物を得ることを諦め、頭上に広がる大樹を仰ぎ見た。
「木の実でもなっていないかな?」
梢まで高さが100メートルはありそうな枝葉の隙間からキラキラと木漏れ日が差しているが、果実のようなものは見当たらない。そもそも実が生っていたところで高さ100メートルもある枝葉までどうやって上がるつもりなのか問い詰めたいところであるが、そこまで深く考えていないだけである。考えが足りないのは生まれつきなので仕方が無いのだ。
そうしてしばらく枝葉見上げていた伊織だったが木の実を見つけるのを諦め、どっしりと大地に根を下ろし鎮座している世界樹のたもとまで近づいた。そして両手をいっぱいに広げ、その幹に取り付いた。ごつごつとした幹の肌触りが心地よい。
「おまえも一人なの?」
伊織が大樹に問い掛けた。当然大樹は何も返さない。
「そっか、僕といっしょだね」
無論、「お前の中ではな」である。
はっきり言ってポエムの読み過ぎである。ポエマー乙である。その後も何かぶつぶつと独り言を呟く伊織だったが、ひとしきり吐き出して満足したのか幹から身を離すと大樹の周囲を回り出した。
「それにしてもびっくりするほど大きいなぁ。間違いなく世界遺産級だよ」
世界遺産級も何もこの大樹は「世界樹」と呼ばれ、この世界を司る神の一柱であるのだから当然だ。
もっとも、伊織がそう驚くのも無理はなかった。なにせ幹の周囲だけでも三百メートル以上はあり、幹の周りを回るだけでもゆうに五分はかかるほどに巨大だからだ。
「根も半端なく立派。いっぽうえのおとこだよこれは」
この巨木を支える根だけあって地上に露出している部分だけ見ても、日本神話に出てくる八岐大蛇を思わせるようなうねりと太さだ。
そんな大樹を眺めていた伊織が何かを発見したのか。軽く首を傾げた。
「コン……あそこの奥どうなっているのかな?」
伊織が見つめたその先、根と根の間に人一人が通れそうな洞があった。
伊織は好奇心に駆られトコトコとその洞に近づき中をのぞき込む。洞の中は一メートル程奥でクランク状に曲がっており奥まで見通すことが出来ない。雨露を防ぐには丁度良い洞であるため熊が塒にしている恐れもあるが、奥が気になって仕方ない伊織は意を決して洞の中に進入した。
するとクランク状の通路を抜けた先には扉が存在していた。