その31 お狐様、あえて無視する優しさを知る!
森の中を行くこと約一時間。
伊織とゴロハチは一際大きなミズナラの巨木の下に到着していた。
さすがに世界樹の樹高とは比ぶべくも無いが、それでも50メートルは優に越えているくらいには巨大な樹であった。
「どうでしょう? どこかに生えていませんか?」
ミズナラの前にどっかりと腰を下ろしたゴロハチが伊織に訊いた。
「えー、と……あっ! あった! ゴロハチありましたよ! うわっ! でけー株!」
伊織が幹の裏側に回ったときに歓声を挙げた。一株で1キロほどもある舞茸を見つけ思わず小躍りであった。舞茸だけに。
「良かった。一発ツモでしたね」
「ゴロハチも舞茸が生える樹を良く知ってましたね!」
舞茸を5キロほど採取し終え、籠に突っ込んだ伊織がほくほく顔で樹の裏から戻ってきた。
「ええ。この樹は良い団栗が生りますから。もぐもぐ」
ゴロハチは器用にもその巨大な掌で落ちている団栗を一つ二つと摘まんだ。
それを見た伊織は全体的におかしいスペックのゴロハチも味覚は普通の熊と変わらないのだなと何故か安堵した。
「良い団栗を探す過程で舞茸が生る樹を憶えたんですね」
「他にもヒラタケなどが生る樹が近くにありますが、見て行かれますか?」
「お願いします!」
即答する伊織だった。
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「うおー! ヒラタケが無数に生っておるぅぅ!」
ゴロハチに案内された樹を見て伊織は感嘆の声を挙げた。
無理もない。ヒラタケが幹の下から上まで重なるように覆い尽くされていたからだ。
伊織は早速、樹に駆け寄ると目の高さの所にあったヒラタケを一つもいだ。
褐色の傘は20センチほどと大きく、貝殻形をしたものだった。ひっくり返してみるとヒダはやや密で白色をしており、短い柄に対して垂生していた。
「うん! 虫食いも無いし、カンペキ! うふふ、ヒラタケ大虐殺の時間だ!」
次々とヒラタケをもぎ取り、どんどんと籠に放り込む。伊織の手が届かないところはゴロハチにもいで貰い、落ちてきたものを華麗にキャッチする伊織。
こうして5分ほどで籠を埋め尽くしたヒラタケを一つ手に取り、伊織は満足げに頷いた。
「やったぜ! これでしばらくきのこには困らない! あ、このヒラタケちょっと色が濃いね! 美味しそう!」
しばらくきのこに困らないといつつ、いつもアティラに速攻平らげられてしまうのはご愛敬だ。
なお、「ちょっと色が濃いヒラタケ」と言っていたものは実はヒラタケでは無かったのだが、勘の悪い伊織である。気がつくはずも無くであった。
「伊織様。ヒラタケ採りは済みましたか?」
「はい! 十二分に採りました!」
「では、次はせりですね」
「お手数かけます。せーりー! なんちゃって!」
伊織、渾身のギャグだった。「ソーリー」と「せり」を掛けたのだ。
「……では行きましょうか」
だが、ゴロハチはそれを黙殺。せりがある湿地に向けて歩み出した。
「突っ込んでよぉぉぉぉ!」
ゴロハチの反応によりギャグが完全に滑っていたことを認識した伊織は顔を真っ赤にさせ照れを隠すように叫んだ。
すると、ゴロハチがぽつりと呟いた。
「せりはすいませんでした」と。
ゴロハチ、渾身のギャグであった。
残念。ゴロハチのギャグセンスも大概であった。
あえて死体蹴りのような解説をすると、「それは」に「せり」を掛けて「せりは」としたギャグであった。
なお、それを聞いた伊織は気まずそうに顔を逸らし一言。
「なるほど。ゴロハチが突っ込まない理由が何となく分かりました」
「伊織様の言っている意味がわかりません」
「つまり、滑ったときは聞かない振りをしてやる優しさもあr――」
「無性に狐が噛みたくなりました」
「あぁっ! 図星突いてごめんなさい!」
「噛みます(確定)」
「なんでぇ!? って、いや、ちょっ、あぁ~!」
こうしてゴロハチに頭からぱっくりといかれる伊織であった。




