その30 お狐様、きりたんぽ鍋に必要な舞茸とせりの採取を目指す!
大森海に転生して早一ヶ月。
ここでの生活にも慣れ、すっかり馴染んでしまった伊織が真っ昼間から寝室でごろごろしていた。
「あうー、晩御飯のおかずになるものが無いけど、採ってくるのめんどくさい……。でも無いとアティがゴネるよねぇ……でも動くのが面倒くさい……。ゴロハチの差し入れが来る……きっと来るからそれに期待だ……」
そんなことを呟きつつ右に左にごろごろと転がっていると、
「のう。今宵の夕餉は何じゃ?」
欠食児童BBAあてらちゃんがいつもの日課の如く、さも自然に晩御飯の献立を聞いた。
伊織はごろごろと転がりながら応答する。
「あー、お茶漬けでもいいですか?」
アティラに駄目元で訊く伊織。完全に手抜きな献立であった。
「育ち盛りの幼子(2億4千万年とんで6歳)の夕餉にお茶漬けとはなんという酷い巫女じゃ……。ねぐれくとも甚だしいのじゃ……」
「駄目かぁ」
やはり駄目であった。
「ほらほらサボっておらんで何か旨いきのこでも採ってくるのじゃ」
「でも動くのめんどいし……」
「全く。汝は本当にぐうたらじゃのう。少しはゴロハチを見習ったらどうじゃ?」
「つーんだ。私はゴロハチのようにアティにすんごい加護貰ってないから、労働もそれなりなんですよ」
ああいえばこういう伊織であった。
穀潰しを地で行く伊織にアティラは内心嘆息した。そもそもすんごい加護を与えたところで一生懸命働くわけがないだろうと思ったからに他ならなかった。
そしてそれはお見込みの通りであった。口先から生まれた伊織だから当然である。
「すんごい加護とな? はて? ゴロハチには汝と同じ治癒の加護しか与えておらんぞ?」
「嘘は良くないですよ、アティ! ゴロハチにはすんごい加護を与えたでしょ!?」
「ううむ、心あたりが……ああ! もしかして妾の眷属の証である不老不死の加護というか呪いのことか? 汝も妾の眷属として契約すれば与えてやるぞ?」
「不老不死って凄え! ん? 巫女である私ってアティラの眷属じゃなかったんです?」
「うむ。巫女はあくまで妾の神託を受けたり妾の声を代弁したりする者で、妾とは上下関係にあるとは言え、ある程度は対等の立場なのじゃ。だが、眷属となれば妾の命令に絶対服従な駒となるのじゃ」
「なるほどー! それなら今は巫女のままでいいです。って、そうじゃなくて、私、知っているんですからね! ゴロハチには知能を上げる加護も与えているってことを!」
伊織はしらばっくれるアティラに対し、名探偵ばりにびしりと指を突き刺した。
「知能を上げる加護とな? ふむ、全く身に覚えがないのだが……」
だが、アティラは何のことか分からないのか不思議そうに首を傾げるばかりだ。
「ならなんでただの熊であ……いや、ただの熊というには無理が……ま、とにかく熊であるゴロハチがしゃべっているんですか!?」
「そういえばなんでじゃろうな? 確かに六つ足熊が人語を話すなど、とんと聞いたことがないな」
「あかん……この神様ボケていらっしゃる……」
「ボケてなんぞおらん! ただ、今考えると不思議じゃなと思っただけなのじゃ!」
伊織の憐憫が混じった視線と言葉にアティラは憤慨した。ボケ老人の様に見られたのが許せなかったのだ。
「はいはい、そういうことにしてあげますね。それはそうと晩御飯はどうしよう……」
「妾は鍋がいいのじゃ! 鍋じゃ鍋の気分じゃ!」
「鍋って簡単に言いますけどね具材が無いんですよー。大体、ゴロハチが持ってきてくれた食材をアティが全部食べちゃっうからこんな事になるのに……」
アティラの鍋リクエストに伊織が渋い表情を浮かべていると、
「――伊織様。いらっしゃいますか?」
――と、外から己を呼ぶ声が伊織の耳に届いた。
「こんっ! ゴロハチだ! 何か持ってきてくれたのかも!」
郵便屋さんを出迎える子どものように、伊織はわぁいと諸手を挙げて外に向かう。そして、家のドアを開け外に飛び出した。
するとそこには器用にお座りをした巨大な熊……ゴロハチが鎮座していた。
「ゴロハチ! 今日は何を持ってきてくれたんです!?」
伊織は嬉しそうにゴロハチに飛びつくと、わくわくした顔を向けた。
ゴロハチが毎日のように食材を持ってきてくれるので、期待心に溢れていたのだ。一方、ゴロハチは軽く首を傾げて微笑む。
「伊織様。今日は雉を捕まえましたのでお持ちしました。食肉処理は済んでありますので、切り分けてお使い下さい」
「わぁい! 鳥のお肉だ!」
伊織は笹に包まれ紐で結ばれた精肉を受け取ると、顔を綻ばせその場でぴょんぴょんと跳ねた。
「それから野菜各種です。今日は牛蒡と葱が特に良い出来です」
ゴロハチは葱と牛蒡を中心にキャベツや大根・白菜などが入った籠を家の前に置いた。
伊織は籠に頭を突っ込みなかを確認。沢山の野菜を見て尾を振り振りさせながら歓声を上げた。
「おぉー! 野菜も盛りだくさん! ゴロハチいつもありがとう! 大好き!」
伊織は再度ゴロハチに飛びつきごろごろと喉を鳴らした。
(中身)男とすればイタいとしか言いようのない行動と言動だが、見た目はお狐様な少女なのでぎりぎりセーフだ!
「ふふ、どういたしましてです」
そんなお子様な伊織をゴロハチは優しくあやすように撫でた。
端から見ればその太い腕で伊織のか細い首を手折らんとするように見えるがあくまで気のせいである。
ゴロハチが伊織の過剰なスキンシップに多少のウザさを感じているように見えるがあくまで気のせいである。
「ゴロハチ。ご苦労じゃ」
伊織に遅れて外に出たアティラが尊大に言った。
「アティラ様。お褒めに授かり光栄でございます」
するとゴロハチは頭を大きく垂れた。
「アティ! 偉そうにし過ぎです! ゴロハチ無くして美味しい食生活は不可能なんだからもっと感謝の念を込めるべきですよ!」
一方、伊織はアティラの偉そうな態度に物言いだ。
「い、伊織様!?」
そんな伊織の言にゴロハチは驚いた。
まさか、伊織からそんな殊勝な言葉が出るとは思っていなかったのだ。
対してアティラはなるほどと納得したように頷いた。そして、
「ふむ。それもそうか。ゴロハチ、すまなかったな。どうかこれからもよろしく頼む」
深々と頭を下げた。
「あっ、アティラ様! お顔をお上げ下さい! 私め如きに頭を下げるなどあってはならないことです!」
アティラの行動を慌てて止めるゴロハチ。だが、アティラはそれを制止し言った。
「いや、良いのじゃ。確かに妾は汝に感謝が足りなかったからのう。これくらいはして当然じゃ」
「アティラ様……未来永劫あなた様に従い仕る所存でございます」
ゴロハチは感極まったように額を地面に付けた。
「うむ! 大義じゃろうがよろしく頼むぞ!」
「はいっ!」
なんとも美しい上下関係であった。
「はぁー、たいした忠誠心ですね。このアティのどこに惚れ込んでいるんだろう?」
これを見た伊織がまるで他人事のように言った。
まあ、伊織はアティラの巫女の癖に忠誠心が薄いのだから仕方が無い。
「あーあ、ゴロハチはこんなにも尽くしてくれるのに、どこぞの巫女は全然じゃのう……」
アティラが伊織を挑発するように言った。むっとする伊織。
忠誠心が薄いことに間違いが無いが、それを指摘されるのは面白くなかったのだ。
「言っておきますけど、私にも巫女としての忠誠心くらいありますからね!」
売り言葉に買い言葉だった。
だが、これはアティラの狡猾な罠だったのだ。
「ならばその忠誠心を見せて貰おうでは無いか! 夕餉の鍋でな!」
「っ! ハメましたね、アティ!」
「何を言っているのじゃ? 汝が巫女としての忠誠心があると言ったのじゃから、それを見せて貰うまでのハナシよ。それとも何だ? 忠誠心があるというのは嘘だったのかの?」
「くっ! 分かりましたよ! 忠誠心の証として夕飯は鍋にしてあげますよ!」
伊織は悔しそうに唇をかんだ。下に見ていたアティラにあっさりと言質を取られて悔しかったのだ。
「うむ! それでこそは妾の巫女じゃ! で、どんな鍋にするのじゃ?」
「そうですね……ゴロハチが鳥のお肉と葱・牛蒡を持ってきてくれたから……きのことせりをどうにか採取してきて、ご飯でアレを作れば……うん。きりたんぽ鍋にしましょう!」
「ふむ? きりたんぽ鍋とはなんじゃ?」
首を傾げるアティラ。伊織は人差し指を立てて説明する。
「鶏がらで出汁を取った醤油ベースのスープに、鳥のお肉と牛蒡や葱、舞茸とせりを加え、半殺しにしたご飯を木の棒に巻き付け軽く炙った『たんぽ』と呼ばれるものを切って煮込んだ鍋をきりたんぽ鍋っていいます」
「おおっ!! なんとも旨そうな鍋ではないか! はよう作ってたもれ!」
アティラは瞳をキラキラと輝かせ、期待に満ちた視線を送った。しかし伊織は困った表情を浮かべ両腕を組んだ。
「うーん。そうしたいのは山々なんですが、鍋の準主役級の舞茸とせりがないと味に締まりが出ないため、採ってこないといけません。でも、どこに生えているかと言われると……」
「舞茸とせりが必要なのじゃな。ゴロハチ、舞茸とせりに心当たりはないかの?」
食のことについては協力的なアティラが問いかけた。ゴロハチは記憶を探るように少し考えた後に答えた。
「……舞茸なら定期的に生える樹木をいくつかご案内できます。せりは採取したことがありませんので確かなことは言えませんが、生育条件に合致する水気の多い湿地を当たってみましょう」
「重畳じゃ! 伊織、舞茸はゴロハチに案内して貰い採取するのじゃ。せりは湿地で探してみよ」
アティラは食材確保の見通しが立ったのを見てすぐさま指示を出した。
「はーい、わかりました。じゃあ、ゴロハチお願いしますね」
「はい伊織様、こちらこそお願いいたします。当該箇所まで少々距離がありますので、私の背にお乗り下さい」
ゴロハチはそう言ってその場に伏せた。
伊織は舞茸やせりを入れる籠を背負い、ゴロハチの上に這い上がった。
「出発進行ですっ!」
「了解いたしました」
こうして森に繰り出す伊織とゴロハチだった。




