その22 お狐様、白いタマゴタケ(推定)をゲットする!
「まだ何か生えてないかな……出来れば保存が利いて美味しいやつ……」
伊織はヒトヨタケとササクレヒトヨタケを全て採取すると次の獲物を求め、目を凝らした。
ヒトヨタケとササクレヒトヨタケはそれなりの量が採れたが、その性質上日持ちがしないため、保存が利く別のきのこを欲したのだ。
「うーん……見当たらないな――おっ!? あれは?」
伊織は前方少し遠目の松林に生える白い何かを発見。もしやきのこかと思い、小走りで現場に急行。
するとそこにはやや大型で、形の良い釣鐘型の真っ白な傘を持つきのこが鎮座していた。
他にも同じようなきのこが無いかと周りを見渡すと群生と言うほどは無いが、そこかしこに同じような白いきのこが点在していた。
量はそれなりにあるねと伊織は思いつつ、最初に見つけた個体を観察する。
きのこの柄の色は傘同様に白く、その柄には立派なつばと綿毛が付いたようなささくれ模様があり、根元には卵状のつぼを突き破ったような残骸が残されていた。
伊織はこの白いきのこを見て思わず溜息を飲んだ。
「これは……美しい……」
白く形のよい姿に思わず見とれる伊織。
これほどまでに整った容姿のきのこを見たのは初めてだったのだ。
きのこ採りの名人の父も一度も採ってきたことが無いきのこであるため、北海道には生えていないタイプのきのこかなと伊織は思いつつ、それをひとつ根元から手折った。
伊織はその小さな手に握られたきのこをまじまじと観察。その美しさに思わず溜息をつきながら、なんの種類のきのこか推測する。
「ぱっと見の形はタマゴタケみたいだね、うん」
タマゴタケとは赤い色が特徴的の食用きのこだ。
歯切れの良い食感と濃厚な味が洋風料理と相性の良い美味しいきのこである。
「ということは、タマゴタケの色違いみたいやつかなー」
かなりざっくりとした推測であった。
基本、食べられるきのこにしか興味が無く、毒きのこに対する知識もベニテングタケやシャグマアミガサタケのような極めて特徴的なきのこにしか持ち合わせていない伊織である。
普通ならきのこの同定は無理と判断せざるを得ないような分析力であった。
だが考えの足りない伊織がそんなことを気にするはずも無かった。
「うーむ。毒なのか食用なのか判断がつかないね。……とりあえず縦に裂いてみよう」
伊織は持っている白いきのこを縦に裂いた。するとその白いきのこはぱっくりと綺麗に縦に裂けた。
「うん。縦に裂けるし、なんだが大丈夫そうな気が……あっ! そういえば白いタマゴタケが存在するってネットで見た気がする! ……ということは、これは白いタマゴタケ?」
伊織は白いきのこをもう一度見た。すると白いきのこがなんだかまるで白いだけのタマゴタケに見えてきた。そして確信する。
これは白いタマゴタケだと。
完全にバイアスがかかりまくりであるが伊織の中ではそれが真実なのである。
「じゃ、残りも採っていこうっと!」
伊織は白いきのこを白いタマゴタケと断定。食用と判断すると、残りも全て採取し、背負い籠にそのきのこを放り込んだ。
「あっ、この白いきのこは柄の感じがちょっと違うね! 柄にささくれ模様がないかわりに絹のような光沢がある! まあ、でも他の部分は全部一緒だから大丈夫か」
少しでも模様が違えば種類も味も毒性も違うことがあるのがきのこであるが、そこまで考えが回る伊織では無かった。
なお余談だが、よくあるきのこの判定法の一つに「縦に裂けるきのこは食べられる」という迷信があるが、これは真っ赤な嘘なので決して参考にしてはいけないと強調させて頂こう。
――――――――――――――――――――――――――
白いタマゴタケ(推定)を全て収穫した伊織は随分と重みを増した背負い籠を満足そうに見つめた。
今日の収穫はヒトヨタケとササクレヒトヨタケ、そして白いタマゴタケ(推定)だ。
「さて、そろそろお家に帰ろう。ええっと、この笛を吹けば良いのかな?」
伊織は首から下げた小さな角笛を吹くと甲高い音が森の中に鳴り響いた。アティラに持たされたものだった。
何の角で出来ているかはわからないが、光に当てるとキラキラと虹色に光るとても綺麗な角笛であった。なんでもこれを吹くとゴロハチがその場まで迎えに来てくれるらしい。
伊織は角笛を吹き終えると、ゴロハチを待つためその場に座り込んだ。そして、水筒の水で口を潤すと、今晩の献立を考え出した。
「んー。メインは足が早いヒトヨタケとササクレヒトヨタケと野菜のソテーで決定。お味噌汁はゴロハチがどこかで採ってきてくれたらしいキャベツ(っぽい何か)でいいかなー」
伊織はうむうむと頭を働かせた。
なお、キャベツ(っぽい何か)は伊織が朝起きて外に出たら無造作に玄関前に転がされていたものだった。
また、キャベツの他にもほうれん草やジャガイモ・人参・大根・牛蒡(っぽい何か)などの野菜も併せて転がされていたので、伊織は喜びつつも何事かと思いアティラに確認したところ、早朝、伊織が眠りこけている間にゴロハチが持ってきてくれたということらしい。
一体、どうやってそれらの野菜を調達したのかは甚だ疑問だが、伊織は精神的に大人(自称)なので、深く考えないことにしたのである。
「……来ないね」
そんなこんなで笛を吹いてから三十分ほどたった森の中で伊織は呟いた。
確かにアティラは笛を吹けばゴロハチが迎えにくるとは言ったが、笛を吹いてからそこに駆けつける時間までは指定しなかったので、まあ、多少は時間がかかるのだろうと伊織は一人納得。
また三十分ほど待った。
「…………まだ、来ないね」
さすがに焦れ始めた伊織が不機嫌そうな声色で呟いた。
まあでも、ゴロハチも何かと忙しいのだろうと伊織は思い直し、さらに小一時間待った。
「コォォォォン! どこで道草食ってんだにゃー! あのクソ熊! 毛玉でも吐き出してろだびょん!!」
最早、我慢の限界だった。
伊織は地団駄を踏みつつキャラ崩壊を起こしながら、悪態をついた。
そして、かの邪知暴虐の熊は除かねばならぬと決意した。
「つまり、戦争だ! 調子に乗ったあのナマイキなクソベアーに目にものを見せてやる!」
「……ほほう、誰に目にものを見せてやるのですか?」
「ぎゃうっ!」
気炎の上がる伊織は背後から突然声をかけられて飛び上がった。そして、恐る恐る振り向いた。
するとそこには、
「もしや、この広大な大地にですか? はたまた、生命を司るとされるどこぞの神にですか? それとも、クソのように調子に乗ったクソでナマイキなクソ。つまりクソベアーでありクソの眷属であるクソな私にですか?」
山のように巨大な六つ足熊であるゴロハチが剣呑な雰囲気を醸し出し、冷めた瞳を伊織に向けていた。
伊織はそれまで怒りで滾っていた頭から一気に血の気が引いたのを自覚しつつ、何とか言い訳を捻り出そうと口を開く。
「あ、あの、その、言葉の綾というか、何というか……」
だが、明らかにご立腹であるゴロハチへの恐怖が勝り、目が左右に泳ぐばかりで有効な言い訳が続かず言い淀んだ。
するとゴロハチは、咎めるような口調で伊織に問うた。
「何というか、何なんです? はっきり仰ってください」
「すいませんでしたぁぁぁぁ! 調子に乗っていたクソは私の方でしたぁぁぁぁ!!」
伊織は勢いよくジャンピング土下座をかますと、その頭を地面にぐりぐりと押しつけた。
潔いくらいの無条件降伏であった。
その姿には最早、プライドなどどこにも無かった。まあ、元々プライドなどあってないような性格なので問題も無かった。
伊織は刹那的な生き物なのだ。
「おやめ下さい。アティラ様の奴卑である私が、アティラ様の巫女で信託者である伊織様に頭を下げさせるなど、あってはならないことですので」
「は、はひ! ありがとうございます!」
伊織は体を起こし、正座した状態で礼を言いながら何度も頭を下げた。
そして安堵した。赦されたからだ。
ゴロハチはアティラと違って理知的なので怒りの矛を収めたのだろう。
だがやはり容赦の決め手は私の日頃の行いの良さだろうと伊織は自己分析。
全く。甘っちょろい熊だとほくそ笑んだ。
甘っちょろいのは伊織の自己分析能力であるが、伊織は自分に甘いので仕方が無いのである。
そんな舐めた事を考えている伊織を尻目に、それまで六つん這いだったゴロハチがおもむろに立ち上がった。
伊織はそれを不思議そうに見つめていると、
「……でもですね」
と、ゴロハチがぽつりと呟いた。
瞬間、ひゅんと伊織の真横を何かが通り過ぎた。そして少し遅れてドンと重い陥没音が伊織の耳朶を叩き地面が跳ねた。
伊織は恐る恐る何かが通り過ぎた方を覗き見た。
するとそこにはゴロハチの大きなこぶしが地面を陥没させていた。
ゴロハチの強烈な振り下ろしが伊織のすぐ脇を通過し地面を叩いたのだ。
「あまり舐めたことばかりおっしゃっていましたら次は本当に潰しますね」
内容はともかく優しげな声色で語りかけるゴロハチに、首振り人形のようにカクカクとただ頷くことしか出来ない伊織だった。




