その21 お狐様、一夜で消えるヒトヨダケをゲットする!
夕方からから始まった酒宴は深夜まで及んでいた。
一升枡でぐいぐいと日本酒を呷りながら伊織はアティラにくだを巻いていた。
「……だいたい、うぃっく。アティは、うぃっく、神様のくせに、うぃっく、心が狭いというか、うぃっく、口うるさいというか、うぃっく、生やすなっていうか、うぃっく、アティは、うぃっく、だいたい、うぃっく、えっと、うぃっく、神様のくせに、うぃっく、口うるさい、うぃっく、だいたい、うぃっく……」
最早、壊れたレコードの如くであった。完全に酒に呑まれへべれけ状態だった。
一方、くだを巻かれているアティラは……、
「おほーーー! 脳味噌きのこがこんな美味いものとは知らなかったぞ! 落葉(ハナイグチの別名)のぬたもアミガサタケとやらのソテーも美味いし、この酒との相性も抜群で言うことの無しでとまらんのじゃあ!」
伊織のくだ巻きをガン無視し、ひたすら食っちゃ呑み食っちゃ呑みを繰り返していた。
体験したことが無い酒宴にテンションが上がってしまったというエクスキューズがあったにせよ、欲求のまま酒を浴びるように呑み、一心不乱にきのこを貪り喰うという姿は正に欲に憑かれた邪神そのものであった。
このように自制の意思が弱い伊織とアティラに酒が入ったらこうなるということが目に見えていたとは言え、中々に酷い有様であった。
そんな二人には酒は飲んでも呑まれるなということわざをぜひ送りたい。
まあ、酒を呑んでアティラとの蟠りを解消するという伊織の目論見は上手くいっており、今の惨状はさておきその点では成功といってもよい結果ではあった。
そんな、成功は成功だがどうしようも無い状態の酒宴が続く中、不意にアティラが大きな声をあげた。
「しまった! 今ので最後だった!」
「……うぃっく、アティは、うぃっく、駄女神のくせに……ほへ?」
「のう。おかわりを出してたもれ」
「あー、お酒が切れたのですかー。んー、ちょっと待って下さいねー。瓶から汲んできますのでー」
大きめの甁子を抱え持った酔いどれ伊織が、ふわふわした笑顔を浮かべながら、ふらふらとした足取りで台所に向かった。
すると、アティラがそうでないと首を横に振った。
「酒でのうない、きのこじゃ。きのこを出すのじゃ! 特に妾は脳味噌きのこを所望じゃ!」
「あー、ちん……きのこをご所望ですかー。特にシャグマですかー。ちょっと待って下さいねー」
「早急にじゃぞ?」
「前向きに善処候~。ふぁぁ……ねむ……」
伊織は了解とばかりに酒と眠気で惚けた頭をかくかくと振り台所に消えた。
そして、何分もたたないうちに手ぶらで台所から戻ってきた。
「む。きのこはどうしたじゃ?」
「ごめんなさいー、見に行ったら全て売り切れでしたー。全部食べちゃってたみたいですー」
ごめんなさいと言いつつ悪びれた様子など皆無の伊織。
一方、アティラは怒髪天を衝いたような勢いで怒り出した。
「なんだと!? ふざけるな!? どうせ、自分の分はキープして隠しているんじゃろ! さあ、出せ! 今すぐ出せ! きのこを出せ、きのこを出すのじゃ! 出さぬと天罰じゃぞ!」
「天罰とか言われてもー、無い袖は振れませんしー……あー、ねむ……」
気炎の上がるアティラとは対照的に、伊織は眠そうに大あくびをして机に突っ伏した。
「これ! 寝るな! のう、妾はまだ食い足りんぞじゃぞ! どうにかならんのか!?」
アティラはそのまま寝入ろうとする伊織を揺すった。はらぺこ邪神は食に貪欲なのだ。
「……あー、明日……また取ってきますから……今は我慢……して……く……だ……」
「絶対、絶対じゃぞ! 約束じゃからな! 破ったら針千本飲ますぞ! 良いな!」
「……ぐぅ……zzz……」
必死に念を押すアティラだったが、伊織は既に夢の世界へと旅立っていたのだった。
「かゆ……うま……zzz……」
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「……シャグマ、見つからないなぁ……」
伊織は森の中にあった少し開けた草地で溜息をついた。
アティラにシャグマアミガサタケを採ってこいと急かされて森に入ったはいいが、そう簡単にお目当てが見つかるはずも無くであった。
一昨日に採ったきのこは全てアティラの腹の中に収まってしまったので、採取のため森に入るのに異存は無いが、特定のきのこを採ってこいと言われても栽培しているわけでは無いのだから、そう都合良く手に入るほど現実は甘くなかった。
こうして溜息をつきながら辺りを見渡す伊織の目に株状に生えたきのこの群生が映った。
伊織はその群生に駆け寄ると、ひとつそれを手に取った。
「うん。ヒトヨタケだね!」
灰色をした釣鐘型の傘を持つ中型のきのこ、ヒトヨタケであった。
傘の上部から下部にかけて繊維条線が走っており、柄は白色中空で柄の中ほどにつばが付いていた。
菌はまだ幼菌のようで傘が溶け出している様子は無く食べ頃であった。
このヒトヨタケ、その名の通り一夜にして溶けてしまう性質を持つきのこであった(実際には2~3日は保つらしい)。
具体的には傘の部分が自己消化により液化して無くなり、柄だけになってしまうという寸法だ。
なお、その傘が溶けると真っ黒いインクの様な状態になるため、外国ではインクキャップスとも呼ばれていたりするきのこである。
「あっ、よく見るとササクレヒトヨタケも沢山生えているね!」
ヒトヨタケよりも少し大柄で白っぽい丸い傘の裾が円筒状で長細く、表面が鱗状にささくれているのが特徴的なきのこ――ササクレヒトヨタケを採取し伊織は満足げな笑みを浮かべた。
柄は白色中空で光沢があり、また、柄の中ほどには小さなつばがあった。
このササクレヒトヨタケもヒトヨタケ同様、傘が一夜で溶けてしまうきのこだ(実際には(略)。
どちらのきのこも父が自分では食べないくせに何故か良く採ってきたきのこだった。
味はあまりしないが柄がしゃきしゃきして美味しいので伊織も良く油炒めにして食べたものだ。
なお、ササクレヒトヨタケは無毒だが、ヒトヨタケにはある条件下において毒になる成分が含有していいたりするが、これについては父から聞いていたし、父が自分ではヒトヨタケを食べない理由も聞いていたため、今回の伊織に隙は無かった。
……はずだったが、伊織はその肝心の内容を完全に忘れたいた。なぜならこれまでに自分自身が中毒したことが無かったからである。
そんな訳で特に気にせず採取し背負い籠にぽいぽいと投入する伊織であった。




