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お狐様、まかりとおる!! ~転生妖狐の異世界漫遊記~  作者: 九巻はるか
第1章 大森海の世界樹とお狐様
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その20 お狐様、翡翠の勾玉を握り砕く!

「……う、うーん。もう、食べられまちぇん……むにゃむにゃ……」


 伊織は蒲団の中でまるで本当の狐のように器用に身を丸め、惰眠を貪っていた。

 深夜に始まったお一人様シャグマアミガサタケパーティは明け方に無事終了。きのこで膨らんだ腹を抱えたまま寝所に潜り込んだのである。

 遅くに寝入ったため、日が正中を越え傾きかけた時間になっても起きる様子など皆無であった。


 そんな、ニートのように時間を気にせずにすやすやと眠る伊織に小さな影がゆっくりと忍び寄っていた。

 その影は伊織の枕元までやってくると、時折ぴくぴくと動く狐耳を掴み大声を上げた。


「起きろ! 駄巫女! 駄狐! 穀潰し! いつまで寝てるつもりじゃ!!」

「ぎゃう! な、なにごと!?」


 アティラだった。

 伊織は驚いて飛び起きると狼狽しながらあたりを見回した。寝惚け頭で何が起きたのか判断がつかなかったのだ。

 そうしてしばらくわたわたとしていた伊織だったが、時間がたってちょっと冷静になったのか、すぐ脇で呆れていたアティラに気がついた。


「あ。アティおはようございます。今日も良い天気ですね!」

「外は雨じゃ」

「……私の心の中はいつも晴れています」


 テキトーに吹かしたことをあっさりとアティラに見透かされた伊織は往生際悪く言い訳した。

 間違いを指摘されたのが何となく面白くなかったのだ。

 まるで子供の様なメンタリティであるが、中身はともかく見た目は子供なのでセーフと言えなくも無い。

 そもそも窓が無く壁も厚い静音に優れた寝所で外の天気について言及したのが間違いの元なのだが、そんなことにまで考えが及ぶような伊織では無かった。


「大体、おはようございますというのもおかしい。今何時だと思っている?」

「え? お昼くらい……かな?」

「はいダウトー。もう夕方じゃ。たわけ」

「夕方だと……いや、業界ではいつでもおはようございますなんです!」


 夕方とは寝坊にも程があるなと伊織自身も思ったが、そこで素直にごめんなさいが出来ず強弁をかました。

 事実関係で争っても勝ち目が無いので、枝葉にケチをつけることにしたのだ。

 そんなクズいクレーマー伊織の言動を聴いて、アティラは諦めたように一つ溜息をつき自戒した。


「汝に常識を期待した妾が馬鹿だったという事じゃな……」

「あれ? なんかアティてば真剣マジになってません? 冗談ですよ、冗談! あはは……」


 アティラの落胆した様子を見て、伊織は誤魔化すように慌てて言い繕った。


「無理して妾に合わせなくても良いのじゃよ。汝には汝の考えがあるんじゃろうて。……妾には全く理解出来んがな」

「コン!? ほんとすいませんでした! もうへりくつは捏ねません!」


 アティラの諦観した表情のまま切り捨てる言動に、伊織もさすがに強弁しすぎたと思ったらしく、即座にジャンピング土下座を決行。毛布の上に這いつくばった。


「ふむ。それは本当か?」

「ホントですホント! もう、寝坊もへりくつも捏ねませんし、アティの言うことはちゃんと聞きます!」

「二言は無いな?」

「もちろんです!」


 伊織から全面降伏の言質を取ったアティラの眼が一瞬、キランと光った。

 実はアティラはアティラで碌でもない事を考えていたのだ。

 アティラは薄い胸元に手を突っ込むと、ごそごそと漁り碧色の何かを取り出した。


「では、昨日の続きとしゃれ込もうでは無いか!」


 アティラはそう言って、取り出した碧色の何かを伊織に突き付けた。

 伊織は眼を細め、胡乱げな表情でそれをまじまじと見た。


「ん? 昨日の続きとは? それになんです、これ?」


 巴の形をしたそれはむらがある薄い碧色で、透明感とつやを兼ね備えた綺麗な石であった。


「これは翡翠の勾玉じゃ! 昨日、汝が子作りに必要といったから翡翠をわざわざ探してきて作ったのじゃぞ!」


 アティラは頬を膨らまし上目遣いで不満を漏らした。


「あーあー! そういうことでしたかー」


 伊織は合点いった様子で相槌を打った。なるほど。こいつ、まだ子作りをするつもりらしい。

 当然、伊織としてはアティラと子作りする気など一切無いし、妊娠には翡翠の勾玉云々もただの誤魔化しに過ぎないので、それを持ってこられても困るのだ。


「ちょっと、その勾玉を見せて貰って良いですか?」

「うむ。存分に検分するがよい!」


 伊織はアティラから翡翠の勾玉を左手で受け取ると、それを指で摘まみ上げまじまじと見つめた。


 そして――、


「ふん!」


 粉々に握り砕いた。伊織のどこにそんな力が合ったのか疑問であるが、手にマナを集めて粉々に握り砕くことをイメージしたら出来たのだから仕方が無い。


「ああっーー! 妾と汝の子の素が!(泣)」

「私に砕かれるような翡翠では力不足です」

「絶対嘘じゃ! 妾と子を成したく無いから砕いたんじゃろう!」

「うっさい! アティラは黙って私に毒無効の加護を寄越せば良いんですよ! ほらほら!」

「汝のような駄狐駄巫女にくれてやる加護など無い!」

「なんですと! 任命責任放棄だ!」

「なにおう! 権利を主張する前に義務を果たしてから言え、この駄狐駄巫女が!」


 昨日に引き続き、再び侃々諤々と言い争う伊織とアティラ。

 二人ともまるで成長していないのが丸わかりだ。


 そうしてしばらく醜く言い争っていた二人だったが、悪口を言い尽くし徐々に罵倒する語彙が減ってきて「えー、あー」と言葉を探すようになったボキャ貧伊織が、これでは昨日の繰り返しであると云うことにようやく気がついた。

 そして事態の収拾を計るため、「駄狐! 駄巫女!」と同じ言葉を連呼することしかできないぽんこつアティラの両肩をがっしりと掴み、あることを真顔で提案した。


「アティ。埒が明きませんから呑みましょう!」

「は?」


 伊織の突拍子も無い提案にアティラは呆気にとられた。


「お酒を呑み交わせば万事解決です!」

「そ、そうなのか?」

「ええ、間違いありません。だから呑みましょう!」

「じゃ、じゃが……」


 アティラの肩を掴む手に力が入る。

 伊織の言葉も根拠も足りない提案にあまり乗り気で無いアティラだったが……、


「大丈夫! 呑みましょう!」


 という、伊織の何時にない謎の勢いにアティラも気圧されて不承不承ながらも肯かざるを得なかった。


「……まあ、汝がそこまで言うのなら付き合ってやろう」


 なんだかんだ言って伊織に甘いアティラであった。




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