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お狐様、まかりとおる!! ~転生妖狐の異世界漫遊記~  作者: 九巻はるか
第1章 大森海の世界樹とお狐様
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その19 お狐様、シャグマアミガサタケをソテーで実食する!

「くそー! アティのけちんぼ! 死んだら末代まで祟ってやる! おっと、火加減に注意と……」


 伊織はシャグマアミガサタケの煮こぼし3回目に勤しみながら怨嗟を吐いた。なお、アティラは当世一代の神なので末代なぞ存在しない。

 それはさておき伊織は結局、追加で求めた毒無効の加護は貰えずじまいであったため怒り収まらずであった。

 それでも一応は世界樹アティラの巫女という立場になったのだから、主であるアティラに怒りを向けるなどあってはならないことなのだが、伊織にそんな殊勝な自覚なぞある訳も無かった。


 なお余談だが、この世界においてアティラなどの神が人前に顕現すること自体が極めて稀であるのだ。

 さらにその神から直接神託を授かったり、神の信託者ともいえる巫女をおおせつかった人物となれば、歴史を紐解いてもそれこそ宗教の開祖や中興の祖などごく少数の限られた者だけであった。

 事実、アティラという生命を司る神が巫女を指名したことなど今までに一度も無く、また、加護についてもゴロハチのような眷属という極めて稀で例外的な存在を除き与えたことも無かった。

 そのため、シャグマアミガサタケの毒で死にかけたとはいえ、伊織がアティラの巫女に抜擢され加護を与えられたこと自体が非常に幸運なことなのだ。

 だが、きのこを安全に美味しくいただくことしか頭に無いお狐様にその有り難みがわかるはずも無かった。


「今日は治癒と知覚の加護だけで我慢してあげますけど、今度は勘弁しないですからね!」


 伊織は突然、誰もいない空間に向かって声を張りあげた。

 端から見ると頭が逝っているようにしか見えない行動だが伊織はいたって真面目だった。

 アティラが己のことをこっそりと監視していると確信していたからに他ならなかったからだ。


 ……私のお狐様の尾の魅力に取り憑かれたアティラは自分と喧嘩したことを後悔しているに違いない。となると拗れた関係の修繕を計るために今も接触の機会を窺っていることだろう。

 そこでアティラの行動など全てお見通しだと格の違いを見せつけてやれば、今の『アティラ>伊織』なヒエラルキーを『アティラ<伊織』へと変えることができるだろう。そうすれば加護を貰いたい放題だ!


 策士 (になったつもりの)伊織は我ながら完璧な計画だと心の中でほくそ笑んだ。

 まあ、若い時にありがちな自己過信もしくは誇大妄想である。

 そもそも、アティラが接触の機会を窺っているなどと云う事実は無いし、伊織と喧嘩したくらいで後悔するなどという繊細な心を持っている筈も無い。伊達に2億4千万年ほど生命を司る神をしている訳では無いのだ。

 大体、前提の段階で既に推測オブ推測な願望が完璧とは片腹痛い。伊織は一度、完璧の意味を辞書で引くべきである。


 そんな訳でしばらく辺りをちらちらしていた伊織だったが、アティラの気配が一向にしないのでその気配を探るのをあっさり諦めると、調理に集中。10分ほど煮こぼしした鍋(3回目)をのぞき込んだ。

 ぐらぐらと熱湯で湯がかれたシャグマアミガサタケは生の状態から見て半分ほどの嵩に減っていた。また煮汁も、どどめ色に濁った1回目の煮こぼしとは違い透明のままだ。


「そろそろいいかな?」


 伊織は鍋からあがる湯気を少し吸い込んでしまったが、一度目の煮こぼしの時に起こした吐き気も眩暈も起きず、それどころかまるでアミガサタケの香りを濃厚にしたような薫香が伊織の鼻孔をやさしくくすぐった。

 お腹が思わずぐうと鳴った。


「……これは期待できそう」


 伊織ははやる気持ちを抑えながら鍋を竈から外し、シャグマアミガサタケをお湯ごとシンクの笊にあげた。そしてたっぷりの流水でそれをしばらく晒す。

 頃合いを見て笊から一つ二つとそれを取り出し、油を馴染ませ竈で熱していたフライパンに放り込んだ。

 じゅうじゅうと小気味良い焼き音を立てるシャグマアミガサタケに軽く塩を振りフライパンを返し炒める。

 しばらくしてシャグマアミガサタケに火が通ったのを確認すると伊織は箸でそれを一つ摘まみあげた。

 グロい見た目と無毒化前の毒性に伊織は口にするのを躊躇するが、その得も言われぬ魅惑的な香りに負け、知覚の加護を発動させつつ恐る恐るそれを口に含んだ。刹那――、


「う゛ゃあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ! う゛う゛びゃぁぁぁぁいぃぃぃぃぃ! なにこれ? なにこれ!?」


 脳天を貫くような旨味と抜群の歯ごたえの良さが伊織を襲った。

 その旨味は似た系統の食味を持つアミガサタケをはるかに凌駕するものだった。

 思わず意味不明な叫びをあげてしまうのも無理はなかった。ついでに念のため発動していた知覚の加護により、


『シャグマアミガサタケを知覚。主な毒性・モノメチルヒドラジン。煮こぼしにより蒸発』


 という解説が脳内に走ったが、伊織はそれを華麗にスルー。フライパンに残っていたもう一かけらを頬張った。


「う゛ゃあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ! やっパーリィ、う゛う゛びゃぁぁぁぁいぃぃぃぃぃ! こりゃあ、きのこ界のキャビア、フォアグラ……いや、トリュフやで~!」


 伊織は無い知識で旨さを表現しようと頑張ったが、残念。トリュフ自体がセイヨウショウロというきのこである。


「シャグマはまだ沢山残っていたよね! 今夜はこれからきのこパーティ第二部だ!」


 伊織はシャグマアミガサタケが入った笊を手に取ると、それを次々とフライパンに投入し炒めはじめた。

 深夜のきのこパーティのはじまりだった。




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