その17 お狐様、孕め! 神の子を!
「あ、あのー、アティ……ラ様? どっ、どうしました? これも儀式です?」
尋常じゃ無いアティラの様子を見て、伊織はそれを出来るだけ刺激をしないよう猫なで声で問うた。
「……も……も……」
「もも?」
「ももも……もう、我慢できないのじゃ!! いや、そうじゃなくて、これも儀式の一環じゃ!!
「絶対違うでしょ!!」
そのままの勢いで抱きついてくるアティラ。そしてそのままただ時間だけが過ぎていく。
「あっ、あれ? アティ、どうしたんです?」
伊織はハグ以上のことが何も起きないことに疑問を覚えながら恐る恐る目を開け、アティラを見た。
するとアティラはハグしていた体を少し離し、伊織の下腹部を嬉しそうにさすった。
「ふふ、他の者と子を成すのは初めてじゃが悪くない感覚じゃのう。どれ。そろそろ、妾のややこを身籠もったかの? どうじゃ、何かこう感触はないかの?」
伊織はアティラの言っている意味が分からず硬直。そしてはっと気がついた。
(もしかしてアティは性交渉の知識が無いのでは? 受粉の仕方は知っていそうだけど……)
伊織がそう思うのも無理は無かった。
キスしてハグただけで子供が出来るなど、到底あり得ない事をアティラが言い出したからだ。
「アティはどうしたら子供が出来るか知っていますか?」
「ん? もちろんじゃ! 持つ者と持たざる者で接吻したあと抱き合っていれば孕むであろ? 前にここに住んでいたホモが確かそう言っておったぞ? 妖狐は違うのか?」
伊織の予想通りであった。妖狐云々以前の問題である。
その幼稚園児並みの性知識に、
(そんなことで子供が出来たら苦労ねーよ! コイツ、本当に生命を司る神様、世界樹様なのか? ただの性悪な(二億四千万)六歳児様じゃねーのか? どこぞの六つ足熊にでも手取り足取りご教授して貰えよ!)
と、伊織は思ったが、あえて正しい知識を与える必要は無い。
下手に知識を与えて正しく襲われたら堪らないからだ。ここはテキトーなこと吹かして誤魔化すことに大決定。
伊織は少し真顔になって優しく諭すように話した。
「アティ。それだけでは手順が足りないので子供は出来ないんですよ」
「む。そうなのか?」
「ええ。キスした後に抱き合う事は間違いではありません。でも、それだけでも身籠もることはありません。女性がその身に子供を宿すには胎児の象徴である翡翠の勾玉も必要なんです。キスの後、女性は男性から渡された翡翠の勾玉を握りしめ、男女で一晩中睦み抱き合って初めて女性は子供を宿すことが出来るんです。わかりましたか?」
伊織はさも当然の知識かのように話した。無論、嘘八百である。
これは伊織がまだ小学生の頃、父に「子供ってどうやって出来るの?」と聞いた時に、言葉に詰まった父が苦し紛れに言った言葉をそのまま流用したものだった。
当時の父曰く「勾玉握って抱き合えば出来る」であった。
いかにも神道っぽい誤魔化し方であったが、まだ素直な子供だった伊織はあっさりと真に受けたのだ。
なお、このことを友人たちに自慢げに吹聴しところ、一歩進んだ友人たちから生暖かい目を向けられたが、それはまた別のお話である。
さて、そんな伊織の言にアティラはふむふむと感心するように頷いたかと思うと、
「なるほど、勉強になるのう……じゃのうて! そんなことは初めから知っておったわい。妾は汝を試しただけじゃ!」
と、慌てて白を切った。
無知を認めることに神のプライドが許さなかったのだ。なお、逆に無知を晒す結果になっているのだが知らぬが仏である。
そんな後付けアティラに対し、伊織は大げさに感嘆の声をあげた。
「なんと、そうだったんですね! さすがはアティラ様です! 私が浅はかでした!」
「うむうむ。わかればよろしいのじゃ!」
伊織の謙遜した態度を見てアティラは騙されているとも知らずに満足げな表情を浮かべた。
伊織は本当にちょろい神様だと思いつつ、貞操の危機を脱したことに胸をなで下ろしていた。
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「……そもそも、私の体って子供が出来るような体なのかな? まだ、初潮前の気が……」
「なに独り言を言っておるのじゃ?」
「いや、何でもないですから!」
令和元年11月28日改稿




