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お狐様、まかりとおる!! ~転生妖狐の異世界漫遊記~  作者: 九巻はるか
第1章 大森海の世界樹とお狐様
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その16 お狐様、世界樹の巫女になる!

 伊織はいつの間にか大きな河のほとりに佇んでいた。

 あたりには霧が濃くたちこめており、遠くまでは見通せない状況だ。


「……あれ、ここどこだろ?」


 首を傾げる伊織。

 先ほどまで台所に転がっていたはずなのにいつの間にこんな所に来たのだろうと疑問に思っているうちにぱあっと霧が晴れ、大きな河の対岸が見えた。

 すると、その対岸でどこか見覚えのある女性が伊織に向かって手を振っていた。


「あの、女の人。どこかで見たような気がするけど、誰だったかなぁ……」


 どうにか思いだそうと女性を見つめながら頭を捻る伊織。

 その優しそうな顔は確かに見覚えがあるが、最近では無く随分前のような気がする。

 年はアラサー付近であろうが、この年代の女性の知り合いなど伊織にはいないし心当たりも無い。


 だが、どこか懐かしさを覚える風体だった。

 喉まで答えが出かかっているのだが、後一押しが出ない状況で伊織はうんうん悩んでいると、その対岸の女性が優しそうな声で伊織の名前を呼んだ。

 そして伊織は思い出した。


「お母さん……なの?」


 伊織がそう呼びかけると対岸の女性は嬉しそうにはにかんだ。

 その女性は伊織が幼い時に死に別れた母だった。

 伊織は喜びを覚え、対岸に居る母の元へ向かおうと河に一歩足を踏み入れようとした瞬間。


「ならん!」


 背後から大きな声がかかった。アティラの声だった。

 伊織はびっくりして後ろを振り返ったが、声がした方向は未だ霧が濃くアティラの姿は見えない。


「アティ? どこに居るの?」


 伊織はアティラを探して声がした方に歩いていくと、母が居た対岸のほうから大きな舌打ちが聞こえた。

 えっ?と思い、伊織は振り返るがいつのまにか対岸も濃い霧に覆われ、そこに居たはずの母の姿も見ることは出来なかった。

 そうしているうちに伊織の周りも深い霧につままれ――、


「…………ぁ」


 伊織が目を覚ました。

 そして己を心配そうに見つめるアティラの大きな瞳が見えた。


「ようやっと目を覚ましたか。この愚か者が」


 アティラはそう吐き捨てると、覗き込んでいた顔を上げた。

 棘のある言い回しだが、その瞳には何故か安堵の色が浮かんでいた。


「……アティおはようございます。夜這いですか?」


 伊織は意味が分からず、寝たまま首を傾げた。


「夜這いな訳あるか、馬鹿者! 心配ばかりかけおって!」

「心配? 何のことです?」


 伊織はそういいつつアティラから視線を外し、ここはどこかと頭を左右に振る。

 するとそこは寝室だった。

 体には毛布がかけられているところを見るに、何故かここに寝かせられていたようだ。


「……まったく。汝は相変わらずマイペースであるな。だが、もう心配はなさそうだ」


 いつもと全く変わらない様子の伊織を見てほっと安堵するアティラ。

 伊織は体を起こし、頭の上に疑問符を浮かべながら質問する。


「あのー。私はどうしてここに寝かしつけられているんです?」

「本当に汝はアホの子よのう……。厨房で死にかけておったんじゃぞ?」


 アティラはつくづく呆れた様子で溜息をついた。

 この駄狐、危機感が無さ過ぎであると思うのも無理は無かった。

 そうはいっても伊織の頭の中はフラワーで満たされているのだから仕方ないのである。

 頭の中のフラワーは当然、彼岸花だ。狐だけに。


「中坊? 中学生……じゃなくて台所か……って、そうです! 料理をしていたら何故か急に具合が悪くなったんです! 怪奇現象です! もしや台所には何か呪いでもかかっているんじゃ!? ホモの呪いとか!」


 事の顛末を思い出した伊織は身勝手な予想を披露した。

 むしろ呪いがかかっているのは伊織の思考能力である。


「そんな訳があるか! 脳みそきのこの毒でやられただけだわい!」

「脳みそきのこってことは、シャグマアミガサタケですよね? でも、私まだ食べていませんよ?」


 あれれ? と左に首を傾げる伊織。


「アレは湯で煮ると毒瓦斯が出るのじゃ! そんなことも知らんで調理していたのか!」

「うそ? 本にはそんなこと書いて……」


 伊織はそこまで言うと、ん?と左に傾げていた首を逆側の右に傾げた。

 そういえば、(斜め読みした)本に煮こぼしする時は換気必須とも書いてあった気がしたのだ。

 気がするも何も当然本にはばっちり記載有りである。単に伊織が読み飛ばしただけである。


「……まあ、あったかもしれませんね。そんなことよりも煮こぼししていたシャグマアミガサタケはどうなりました? まだ竈に掛けています?」


 都合の悪いことはさっさと流し、話題の転換を図る伊織。

 この期に及んでまだシャグマアミガサタケを食べるつもりらしい。

 全く懲りていないその姿にはある意味潔い。

 一方、それを聞いたアティラは大きく溜息をつくと諦めたように言った。


「竈から外して置いてある。好きにせい」


 伊織はわーいと諸手を挙げた。無毒処理を継続するつもりなのだ。


「あ、でも換気はどうしよう? うーん、換気扇なんて付いてないし……」

「妾が厨房に浄化の術を掛けておいたから心配無用。毒瓦斯が生じてもすぐに霧散じゃ」

「わぁ! アティありがとうございます! さすが、世界樹様です!」


 そう言ってアティラに抱きつく伊織。

 実はアティラに抱きつく機会をいつも窺っていたのだ。

 性格はともかく、見た目は非常に良いアティラである。このチャンスを逃す手は無い。

 ロリババアも当然イケる伊織はここぞとばかりにアティラを堪能する。


「これ、抱きつく出ない♪ おお、耳がもっふもふじゃあ♪」


 アティラもそう言いつつ満更では無いご様子だ。

 中身が20歳ちょっとの男と知れたらただでは済まないだろうが、バレなければ何も問題は無い。


「アティ大好き~! ちゅっ♪」


 どさくさに紛れてほっぺにキスをする伊織。

 もはややりたい放題であった。


「ふふっ、全く仕方ないやつめ♪ 汝はどうせまたきのこで中毒を起こすであろ。ならば中毒しても大丈夫なように妾が特別に加護をくれてやろう!」

「えっ! 本当ですか!?」


 アティラの言葉に伊織は歓喜した。

 こうも都合よく加護をゲットできるとは思ってはいなかったからだ。正に怪我の功名である。

 自身を中毒に追い込んだシャグマアミガサタケと、ちょろいアティラには感謝しかない。


「嘘でない。ただし、妾の巫女となってもらうぞ。良いな?」

「はい、なります! 私は今からアティの巫女ですよー!」


 二つ返事で答える伊織。断る理由などどこにもないからだ。

 アティラの巫女になるということにどういう意味があるのか分からないが、どうせ忠誠を誓うとかそういう事だろう。転生前も玉藻神社の(女装)巫女だったのだ。仕える神がちょっと変わっただけであると考えればたいした問題では無いだろうと安易に考える伊織。

 なお、この安易な決断が後にちょっとした悲劇を生むことになるのだが、当然、今の伊織は知る由も無かった。

 一方、伊織の快い返答にアティラはにっこりと笑い大仰に頷く。


「ふふっ、愛い奴め。ではこれから儀式を行うので、目を瞑り大人しくしておれ」


 伊織はこくんと肯くと体勢を正し正座。そして少しうつむき気味に頭を下げて目を瞑った。

 するとアティラは伊織を見下ろすように前に立ち、何かぶつぶつと呟きだした。

 おそらく加護を与えるための神託か何かだろうと伊織は思いつつ、間もなく得られる加護の効果をあれこれ想像し期待に胸を躍らす。


 ただの熊が加護であれだけの知性を得られるのだから既に知的で半端ないマナの量を誇る自分は色々な意味で世界最強の存在になれてもおかしくないと考えたのだ。

 完全に己を買い被りすぎであるが、ちょっと考えが足りない所は生まれつきなので仕方ない。

 伊織が終わりなき妄想に耽っていると、ふいにアティラの呟きが止まった。


 お、いよいよかと伊織はわくわくしながら、目を瞑ったままアティラの言葉を待つ。

 伊織をじいっと見下ろしていたアティラは片膝を付き伊織と同じ高さまで顔を下げると、俯いていた伊織のおとがいを両手で添えるように上に向けた。

 思わずキスを期待してしまう伊織。そして、次の瞬間その期待通りに唇に柔らかいものが当たった。アティラの小さな花唇だった。


「……ん……」


(ロリババアのチュウがキターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!)


 当てるだけの軽いキスだが大歓喜の伊織だ。だが、沸き立つ内心とは裏腹に表面上は冷静を装う。

 ここで大喜びしてその変態性を疑われてはいけないのだ。

 しばらくして、儀式が終了したのかその花唇が離れていく。

 ああ、もう終わりかと伊織が残念がっていると、突然荒い息遣いが聞こえてきた。


「なっ、なにごと!?」


 伊織が驚いて目を開けると、はぁはぁと息を荒くし瞳に情念の炎を燃やした『おアティラ様』が絡みつくような視線を向けていた。




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