その14 お狐様、小賢しく頭を働かせる!
「おやおや、ちょっと見ないうちに随分と小汚くなったのう……くくっ! まあ、初めての森は良い経験になったじゃろ? ゴロハチもご苦労じゃった」
ゴロハチに乗り世界樹まで帰ってきた伊織を見て、アティラは笑いを噛み殺しながら出迎えた。
「私めには勿体ないお言葉です」
まるで「まて!」と指示された犬のように礼儀正しく座り込み、ぺこりと頭を下げる六つ足熊のゴロハチ。アティラの眷属らしい忠誠心を感じさせる立ち振る舞いだ。
それとは対照的に伊織は両手を組み狐耳と尾っぽを逆立てて、
「アティが何にも教えてくれないからこうなったんです!」
ぷりぷりとおかんむりだ。
「怒るでない。獅子は我が子を千尋の谷に落とすと言うじゃろ? 甘やかしては汝が育たんであろ? だから妾は涙を呑んであえて森に入ることによる危険を教えなかったのだ」
あたかも伊織のためを思ってという口調である。
無論、そんな訳が無い。確かに遠見の魔術でずっと伊織の様子を監視し、事故が起こらないようにしていたという事実は一応ある。あるがそれはあくまで本当の目的のついでであり、その本当の目的とは伊織の慌てふためく姿を楽しむと云うことに他ならなかった。
事実、伊織の救出に見た目がヤバいゴロハチを差し向け、さらに雄叫びを上げさせたのもその反応を楽しむためのものであったのだ。
そんなゲスの極みであるアティラだったが、伊織はあっさりとその言葉を真に受けると、目から鱗が落ちたように感心して言った。
「なんと! 私の為を思ってのことだったんですね! 私が浅はかでした! アティ、ありがとう!」
「……う、うむ。これからも精進せよ」
いつにない伊織の素直さにアティラは面を食らった。正直、もっと噛み付いてくると思っていたのだ。
付き合いはまだ浅いとはいえ、素直な伊織など伊織では無いと言い切れる程度には性格を把握しているつもりだったのだ。
だが、目の前の伊織は素直な良い子ちゃんである。もしかしたら森で怖い目に遭ったことにより元々の性格が出てきたのかも知れないと考えるアティラ。
その考えを肯定するように伊織はキラキラと瞳を輝かせ元気に返事を返す。
「はい! 頑張ります!」
「……ふむ。もしこれが本性ならば、もう少し人を疑うことを教えた方がいいかもしれんな」
何時になくキラキラした笑顔でお礼を言う伊織を見ながら、アティラは溜息交じりに小声で呟いた。
森での恐怖体験からか、あまりに純真でチョロくなった伊織に一抹の不安を覚えたのだ。
それだけ伊織に信頼されている事実は喜ばしいし、アティラ自身も伊織の事が(色々な意味で)気に入っているが、伊織とアティラは所詮、二日の付き合いでしか無い。そこに過度の信頼を置くべきでは無いのだ。
親しくなった他者を疑わず信じるという素直さは確かに美点である。だが、世の中、善意だけで出来ている訳では無い。
善人の仮面をかぶり、悪意を持って近づくものも少なくないのだ。
無論、全てを疑う必要は無いが、全てを信じるべきでも無い。それが処世術というものだ。
「ま。おいおい鍛えていくとするか。時間はいくらでもあるしの」
アティラはきゃいきゃいとゴロハチにじゃれつく伊織を見て微笑みながらひとり呟いた。
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伊織はゴロハチと戯れながら、こちらを優しく見つめるアティラを見て心の中でほくそ笑んだ。
……計画通り。と。
先ほどアティラは言葉を真に受け感謝したが、実のところ本心でそう言ったわけでは無かったのだ。
ぶっちゃけ、そんな言葉を信じるほど伊織が純真な訳が無い。むしろ腹の中は真っ黒だ。
最初は軽く反発してすぐに改心し素直になればアティラの歓心を得ることが出来ると踏んだのだ。
『最初は強く当たってあとは流れで』の応用だ。
今回のきのこ狩りで己の無力を知った伊織は、アティラの加護によりただの熊から知性溢れる熊へと進化を遂げたゴロハチを見てその力を認識、そして理解した。
……これは使える。と。
そして伊織は上手いことアティラに取り入れば自分も加護を貰えるかもしれないと皮算用。
だが、これまでの己の行動を鑑みると、アティラに取り入るどころか反発するような事ばかりしていた気がするため、伊織は一芝居打つことにした。
森から家に帰ればアティラから皮肉の一つや二つは飛んでくるであろう。ならば、それを利用ば良いのではないかと考え実行。まさかの大成功だった。
褒めちぎりに弱いとは思っていたが、これほどチョロいとは……というのが伊織の正直な感想だが、上手くいくことに越したことはない。
……このまま好感度をどんどん上げてアティの加護をゲットだぜ!
と、心中で息巻きながら、純真さを装うフェイクのためゴロハチにじゃれつく伊織。
するとそのゴロハチから声が掛かった。
「伊織様。不敬なことばかり考えていると潰しますよ? それから私にじゃれつき過ぎです。いい加減ウザいです。咬んでもよろしいですか?」
「調子に乗ってすいませんでした!」
全てをお見通しな感じのゴロハチを見て、加護を与えた本人より頭も勘も良くなりすぎだろうと思う伊織だった。




