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お狐様、まかりとおる!! ~転生妖狐の異世界漫遊記~  作者: 九巻はるか
第1章 大森海の世界樹とお狐様
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その12 お狐様、遭難する!

「いっぱいとれたねー♪ さーそろそろお家に帰ろっかn――」


 夕暮れ時。

 満足げな表情できのこ満載の籠を背負っていた伊織はそう言いかけて硬直した。


「……家、どこ?」


 きのこ狩りに夢中になるあまり伊織は帰り道を完全に見失っていたのだ。きのこ狩り初心者が陥りやすい遭難の黄金パティーンを見事に踏襲する姿はある意味潔い。


「どどどどうしよう! このままじゃ遭難死だよ! いやまて落ち着け私! こういう時は慌てた奴から死ぬって相場が決まっているんだ! まずは落ち着いて深呼吸しよう!」


 慌てた奴から死ぬも何も、ここにいるのは伊織一人である。

 伊織はすーはーとその場で深呼吸。大事なのは冷静な現状把握だということでまずは周辺を見回した。


 あたりは季節も植生も一貫しない何とも自由な森である。おかげでどこを見ても見たことあるような無いような風景が続くため世界樹がある方角の見当が全く付かないということが判明だ。

 次に空を見上げてみる。すると梢の隙間からだいぶ傾きかけた太陽(っぽい恒星)が輝いているのがわかった。わかったが、そもそも世界樹が太陽から見てどの方角にあったかなど伊織は確認していないため、今わかるのはこれから太陽が沈むであろう方角と、夜が近いという事実だけだ。

 最後に持ち物を確認する。あるのはきのこ満載の籠と水が半分ほど残った水筒だ。持ってきたおにぎりはお昼ご飯として既に消化済みである。他に持っている物は何も無い。


 そんな冷静な現状把握(笑)により伊織が導き出した結論は……


「詰んでる……」


 で、あった。落ち着いて考えても答えは一緒だったようだ。


「コォォォォォン! 冷静な状況把握が役にたってなぁぁぁいよぉぉぉ! アティが教えてくれなかったことってこれだったのか!」


 小さな頭を抱える伊織。きのこ採りに出かける前。アティラがにやにやしていた意味をここで理解する伊織だったが完全に今更だ。心の中で、


(くそ! あの腐れ世界樹め! ヒントくらい出しても良いじゃないか! 無理にでも聞き出せば良かったよ!)


 と、毒ついたところでもはや手遅れである。


「どどどどうしよう! このままじゃ遭難死だよ! どうしようどうしようどうしよう……あーーーー! もういい! とりあえず出発! 大丈夫、何とかなるよ!」


 伊織は自らを奮い立たせ、世界樹(家)がある(ような気がする)方角に向かって歩き出した。

 ぶっちゃけ考える事が面倒になったのだ。インドアの癖に脳筋丸出しだ。


 なお、遭難したときに無闇に歩き回るのは下策なのだが、インドアの伊織がそんなことを知るはずも無くである。



――――――――――――――――――――――――――



 そうしてしばらく歩いた伊織だったが目的の世界樹は一向に見えず、日も地平線の向こうに落ちたらしくあたりが徐々に薄暗くなっていく。それと比例するように気持ちも沈み、どんどん心細くなる伊織。

 それでも「明るい内に世界樹に帰るぞ!」と心を奮い立たし歩を進めた。

 だが、それでも世界樹は一向に現れず、あたりの木々も闇に呑まれつつある逢魔が時。大きなハルニレの木の前で伊織の足が止まった。


「……もう、やだ……」


 伊織は背負っていた籠を地面に下ろすと自らもその籠の脇にしゃがみ込み、両手で顔を覆い隠した。その手の隙間からは熱い滴が流れ出て頬を濡らした。また、それと同時に嗚咽が漏れた。

 慣れない森歩きによる疲労と見通しの立たない道程、そして森を支配する闇に伊織の心が折れてしまったのだ。

 旧来の伊織であればこのくらいの困難ならまだまだ笑っていられただろう。

 だが、見知らぬ土地・見知らぬ世界の片隅。しかも少女なお狐様に転生したことが伊織のメンタルを本人の気付かぬうちに擦り切れさせていたのだ。


「……お家に帰りたいよう……」


 ぐずぐずと泣きながら弱音を吐く伊織。だが、そう嘆いたところで事態は好転しない。自力で何とかするしか他にない。

 だが、有効な手立ては何も思いつかず、それどころか今何をすれば良いかすら見当がつかない有様であった。


 そんな八方塞がりな状態でめそめそしているとふいに、


「ベァアアアアアアアアーーーーーー!!」


 遠くからこの世の物とは思えないような雄叫びが耳に届いた。それは怪物の断末魔と言われても納得出来る程、不気味で恐ろしい叫びだった。


「……ぇ? な、何? 今の雄叫び? もっ、もしかして、くま?」


 伊織はびくりと身を硬直させ、雄叫びが上がった方に視線を向けた。

 声が発生した地点はここから500メートルほどありそうな感じなので差し迫った危険があるわけでは無いが、無視できるレベルでも無い。伊織の匂いを嗅ぎつけ迫ってきても不思議では無い。

 本能もすぐに雄叫びと反対方向にエスケープすべきだと告げている。だが、精神的にも体力的にも疲れ切っていた伊織はその本能を無視。目の前の大きなハルニレの木の陰に身を隠した。


「……こっちに来なければ良いんだけど」


 伊織がハルニレの陰から顔を出し様子を探っていると、


「ベァアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーー!!」


 先ほどよりも幾分近い位置で雄叫びが上がった。伊織はびくりと身を震わせた。まさかこちらには向かってないよねと自分自身を納得させながら雄叫びの方向を注視する。

 そして10分ほど警戒していた伊織だったが雄叫びはそれっきりだったので、危機は脱したと判断し肩の力を抜いた。

 刹那。


「ベァアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーー!!」


 伊織から100メートルほどの位置から雄叫びがあがった。そしてそれと同時に木をなぎ倒す音が森の中に鳴り響いた。続いてこそごそと草むらの中を探すような音が伊織の耳に届く。


「えっ! うそっ! やばっ!」


 伊織は瞬間的に身を縮こまらせた。思いの外近くに雄叫びの主がいたこともあるが、なにより、雄叫びの主がいま探っていると思われるところが、伊織がここに到達する前に軽く用を足した所だったからだ(小さい方である)。

 つまり雄叫びの主は漫然と森を歩いているのでは無く、匂いを頼りに意思を持って伊織を追ってやってきたに他ならない。

 そして、その目的と言えば想像に難しくない。


「……やだ、私、食べられちゃうの……?」


 伊織の脳裏に凄惨な未来が思い浮かんだ。恐怖に身が震える。瞳に涙が盛り上がる。どうしてこうなっちゃんだろうと自問自答いても答えは出ない。

 そんな現実逃避ともいえる思考があることによって打ち破られた。

 雄叫びの主がかさがさと草木をかき分け、伊織の方に向かって移動しだした音が聞こえたのだ。

 もはや、一刻の猶予も無い。このまま震え上がっているだけでは雄叫びの主の腹の中に収まるだけだ。


 伊織は涙を拭い、覚悟を決めると木の陰から雄叫びの主を覗き見た。

 すると、森の奥から悠然とやってくる生き物が見えた。距離は50メートルほど先だ。

 その姿は一見すると月の輪熊のようだが、段違いに大きく月の輪熊をサバとするならアレはマグロだと思えるぐらい巨大だ。

 羆はおろか地球最強の熊である白熊すらもはるかに凌ぐ大きさで、もはや化け物と呼んでも差し支えはない。アレのクマパンチを食らえば一発昇天は確実だ。

 そしてなにより化け物じみているのが足が6本もあるところだ。

 伊織は昆虫じゃあるまいしと腹の中で毒つきつつ、化け物を覗き見ることを止め再び木の陰に隠れて対策を練る。


 今、伊織が出来ること。一つは逃走ランである。闇に紛れて逃げ出せばあの化け物を撒けるかもしれないと考えたのだ。

 好都合なことにお狐様になったためか夜目がかなり利くようになったので、この暗さでも逃走に不都合は無い。

 だが、問題は走る速度である。今は悠然と歩いている六つ足熊だが、あれが仮に熊だとすれば、走ればおそらくは時速50キロはくだらないだろう。

 そうなると走って逃げたところですぐに追いつかれゲームオーバーだ。それに熊は逃げるモノを追っかける習性があるため尚更である。


 伊織は可能性の一つである逃走ランを諦め、いま出来るもう一つの事を考えた。

 それは魔術マギカである。アティラによると伊織には「半端ない」量のマナがあるのだ。使える魔術は狐火(自称)くらいしか無いがフルパワーでぶつければ何とかなるかもしれない。

 ただ、狐火フルパワーだと森が火事になって伊織自身も火に巻かれて死ぬ可能性も多分にあるため、出来れば使いたくないが背に腹は代えられない。


 そんなことを考えていた伊織にある考えが閃いた。


(そういえば狐火だけじゃ無く、咄嗟のことだったとは言え転移魔術も使えたんだし、もしかしたら変化(の魔術)も使えるかも! お狐様だしなんだがいけるような気がする!)


 今の事態を切り抜けるには変化よりも転移魔術の方がどう考えても有効であるが、ぶっちゃけ発動のイメージが全く掴めてない転移魔術よりも何となく使える気がする変化の方がよいと伊織は考えたのだ。

 伊織の勘もそれを後押しする。いささか短絡的であるが試さない理由も無い。

 伊織はよし決定!と決断するとすぐに体内にたぎるマナを感じ取る。そして、「変化!」と強くイメージしマナにそれを乗せた。すると、魔術が発動したらしく今すぐにでもお狐様でない別の何かに変われるという確信が伊織に去来する。


(あとは、何に変わるかだけど……)


 何に変化するかまで考えていなかった伊織は何か無いかと、集中を解かないよう視線だけであたりを見渡す。

 そんな伊織の瞳に映ったのは様々な木々だった。


(……木なら森の中に隠れるのに最適かも。学校の学芸会で何回もやったことあるしね! よし、木に変化だよ! あれ、何故か涙が……)


 小学から高校まで通算11回も木の役を演じた実績を持つ伊織は、木に変化することを決めると、少しだけ零れた涙を拭いながらすぐ横にあった大きなハルニレの木を凝視。頭の中で木のイメージを膨らませ変化を発動させた。

 一瞬、伊織の意識が遠くなる。そしてはっと我に返った時には小さなハルニレの木に変化していた。


(やったぁ! 大成功!)


 心の中でガッツポーズを決める伊織。体はハルニレの木になってしまっているためか動かない。ただ、視力や聴力はそのままのようで正面は見据えることが出来た。


(あとはこのままやり過ごすだけ……)


 緊張しながら六つ足熊が通り過ぎるのを待った。


 そして変化から約1分。六つ足熊がついに伊織が先ほどまで隠れていた大きなハルニレの木まで悠然とやってきた。

 近くで見る六つ足熊は巨大で肩高けんこうが約3メートル、体長は6メートルを越える大きさだ。大きすぎて伊織の目線では背中の上までは見えない。

 六つ足熊は大きなハルニレの木の周りの匂いを嗅いで不思議そうに当たりを見渡した。

 明らかに伊織の事を探している仕草だが、変化している伊織には気がつかない。

 そうしてしばらくすんすんと匂いを嗅ぎながらうろうろとしていた六つ足熊だったが、伊織が立ち去った後であると判断したらしく、ゆっくりと移動を始めた。


(よし! そのままあっち行け!)


 伊織はそれをはらはらさせながら見送る。そうして森の奥に六つ足熊が去って行く。


(勝った! 完! はぁ、助かったよ……)


 それを見て安堵し、気を抜いた伊織に悲劇が起きた。


「あ」


 気を抜きすぎて変化が解けてしまったのだ。

 森の闇の中に消えようとしていた六つ足熊はそんな伊織に即座に反応。その場で立ち上がり雄叫びを上げた。

 立ち上がり10メートルを越えるであろう身長と恐ろしい雄叫びに伊織はびびった。軽くちびったかも知れないが確認している暇は無い。

 慌てて変化しようと試みるが、意図しない変化の解除と六つ足熊の恐ろしさに完全に浮き足立ってしまい上手く発動できない。

 手間取る伊織を尻目に六つ足熊は6本の足を器用に使い、急速に接近する。

 変化を諦めた伊織は顔に恐怖を張り付かせ逃走を試みた。だが、すぐに蔦に足を取られ転倒。その隙に六つ足熊のどたっとした足音がどんどん接近してくる。

 それでも立ち上がり逃げようとする伊織だったが、もはや手遅れであったことを認識した。

 六つ足熊が目前まで到達。伊織を睨み付け唸り声を上げていたのだ。


「あ……あ……」


 伊織は恐怖のあまり腰が砕けて尻餅をついた。声もまともに出ない。後ずさりしようと足を動かすが全く進まない。

 一方、六つ足熊は立ち上がるとこの世のモノとは思えないような雄叫びを上げる。

 伊織はひっと短い悲鳴を漏らし両腕で頭を抱えた。

 雄叫び終わった六つ足熊はじろりと伊織を見た。まるでどう屠ってやろうかと考えているようであった。

 もう我慢の限界だった。伊織は何も考えられないまま六つ足熊を仰ぎ見た。すると六つ足熊の左腕が高くあがり――


「やあ! すいぶん探したよー! このおしゃまさんめ!」


 と、六つ足熊からフレンドリーな感じの声が掛かった。




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