その10 お狐様、食生活の改善を決意する!
翌日。朝から伊織は昨日作った塩おにぎりを頬張っていた。
「一日たってもおいしいなんて、なんてすばらしいお米なんだ!」
そう言って味噌汁を一口啜った。塩おにぎりだけでは寂しいので味噌汁を作ったのだ。
「あー、味噌汁も美味しい。美味しいけど……物足りないなぁ……」
伊織が物足りないと思うのも無理は無かった。
この味噌汁。入れる具が無かったため汁だけなのだ。当然、出汁も入っていないので味に深みも足りない。
せめておかずに漬け物でもあればと思って台所を探したが、あったのは山菜やきのこの採集に使う背負いの籠と瓢箪っぽい何かで出来た水筒くらいだ。
ここは娯楽が何も無い森の中である。食事くらいは彩りが欲しいよねと思う伊織だった。
「ホモカップルはおかずとかどうしていたんだろう? アティ、なにか知りませんか?」
伊織の尾に抱きつき、一心不乱にもふっていたアティラに問いた。
「んむ? 食物は畑での栽培や森での動植物の採取を中心に、森で手に入らない物は召喚の魔術もしくは異世界召喚の魔術で補って甕に保存していると確か死んだ男色魔は言っておったぞ? もふもふ……ああ……すばらしい感触だ……もふもふ……いい……これほどまでとは……」
アティラは一瞬我に返り答えたが、すぐにもふもふした尾の魅力に負け、もふりを再開する。
「召喚の魔術と異世界召喚魔術かー……。それって私も使えますかね?」
駄目元で確認する伊織。アティラは難色を示した。
「転移の魔術が使えるのなら召喚の魔術はそう難しくないが、一からとなると……記憶が無い汝には無理じゃろうな。また異世界召喚の魔術についてはより高度な魔術なため言わずもがなじゃ。そもそも妾ですら術法がようわからんし、わかったところで発動まで大の男二人が三日三晩かかるものを汝一人でできるとも思えん。それに異世界召喚は使うのには特定の素質がいるようじゃし、その素質が何かもわかっておらんのじゃ」
「うん。無理。じゃあ、その召喚した食物を入れた甕はどこかに保存されてないんですか?」
実は朝の内に何か他の食物は無いかと家の中を全て浚ったのだ。
だが、無情にも空の甕以外に何も発見出来なかったため、何か知っていそうなアティラに確認したのだ。伊織にしてみればあればラッキーくらいの気分での質問であった。
するとアティラは何か知っているのか急に挙動不審になりだした。
「あー、昔はあったのだがのう……もふもふ……」
歯切れの悪い言葉で誤魔化しながら目を逸らした。その姿はまるでいたずらを隠そうとする子供のようであった。
その様子に伊織は怪訝な表情を浮かべる。
「コン? 「昔は」ってどういう意味です?」
「実は前に目が覚めた時にふと気になってつまみ食いをしていたら、うっかり甕を割ってしまって今残っているもの以外は全部駄目にしてしまったのじゃ……」
少なからず罪悪感は会ったらしい。アティラはばつが悪そうに告白した。
「ええっー! それって何個くらいあったんですか?」
「ええと、ひいふうみい……十ほど? いや、もう少しあったか?」
「何しちゃってくれるんですか! この欠食ロリババア! つまみ食いって、アンタ植物でしょ! 食べる必要ないでしょ!」
「妾だって食べてみたかったんじゃ! 吸収だってできるんじゃ! 食ったものは体内でマナに変換も出来るのじゃ!」
「うっさいボケ! 大人しく光合成でもしていろ!」
「悪気は無かったのに……ぅぅ、鬼嫁が妾を虐めるのじゃ……しくしく……」
「うう、泣きたいのはこっちですよ、もう。はぁ……」
尾に顔を埋め、わざとらしく泣き出すアティラ。それを見て伊織は溜息をひとつついた。
ロリババアとはいえ、幼女を泣かせてしまったことに罪悪感を覚えたのだ。それにこれ以上言い争ってもどうしようもない。どのみち失われたおかずは返ってはこない。
「コン……やっぱり自分で何とかするしかないかぁ……」
伊織はそう呟くと玄関の方に視線を向けた。
森に行けばおかずになる食べ物があるかも知れないと考えたのだ。
だが、入ったことの無い森である。しかも異世界だ。危険は少なくは無い。
どうしようかと暫し逡巡する伊織。そして、うんとひとつ相づちを打つとその小さな掌を握り締めた。森に食物を探しに行く覚悟を決めたのだ。このまま塩おにぎりと具なし出汁なし味噌汁で過ごす未来に耐えられそうに無かったのだ。
伊織はそう結論を出すと、思い立ったが吉日。早速森に入る準備を進めだした。……といっても籠を背負い、おにぎりと水筒を持っただけであるが。
「アティ。私、森で食べ物を採取してきます!」
「ほう? 森に入るのか?」
「ええ。危険もあるでしょうが、いずれ避けては通れない問題だと思いますから」
「……まあ、何事も経験か」
「なんですか、その思わせぶりなセリフは!」
「いや、何でも無い。何でも無いのじゃよ。ふふふ……」
「コン! 明らかに何かある言い回しじゃないですか!」
にやにや笑うアティラと頭を抱える伊織だった。なお、結局何も教えて貰えなかった模様。




