その9 お狐様、事案発生する!
「……ぅ? ……ほしぞら?」
伊織が目を覚ますと目前に満天の星が燦めいていた。
「……ええと、なんで?」
ぼんやりとした意識のまま考える伊織。そして毛布の端から出ている自分の手を見て腑に落ちたように頷いた。
「コン……私、お狐様に転生したんだった。ということはこの星空ってあの寝室だよね……」
意識が無い僕をアティラが運んでくれたのかな? と、伊織は眠気が残る頭を働かせながら反対側に寝返りをうった。
そして、伊織は絶叫した。目の前にすやすやと眠るアティラがいたからだ。
頭を抱えて絶叫する伊織の声で目を覚ましたアティラが体を起こし、目をこすりながら迷惑そうな視線を向けた。
すると伊織は両手でアティラの肩を掴み前後に揺すりながら問い詰める。
「アティ! ちょっと、これどうなっているんですか!?」
「ああばばば! これ、揺らすでない! 女の子がはしたない!」
「お説教は後で聞きます! それよりもどうして同衾しちゃっているのか聞いているんです!」
「なんだそんなことか。汝が寝てしまったから寝室に運んだのじゃ。で、妾も満腹で眠くなったから共寝したまでよ。前に住んでいた者どもは毎日そうしておったぞ?」
「コン! 偏った知識! てか、前の住人さんて恋人同士だったんですね!」
「確か、許されない愛だから逃げてきたと言っておったのう」
アティラが記憶を探るように言った。
「そっ、そっかー、かけおちですかー。身分に差でもあったのかなぁ」
伊織はそう感想を述べつつ、慌ててアティラから視線を外した。
「これ! 人と話すときはきちんと向き合って話すのじゃ!」
そもそもお前は人で無い。神もしくは植物である。
それはさておき、アティラは頭を掴んで伊織の視線を元に戻した。同時にアティラの足から毛布が完全に外れる。
こんな時に限って礼儀にうるさくならなくてもいいじゃないと伊織は一瞬思ったが、アティラの下着が目に入りそれどころでは無かった。
「あわわわ! 見えちゃってますよぉぉぉ! 私にペドい趣味は無いんですぅぅぅ! 本当です、決して大好物なんかじゃないんですぅぅぅ!!」
ペドい趣味は無くても、合法ロリのロリババアはイケる伊織が言い訳だ。
「何を照れておるのだ? 女の子同士じゃろ?」
「コン! そうなんですけど、そうじゃないっていうか!」
「んむ? どういう意味じゃ?」
「あ! いや、その、それは! あっ、そうだ! そういえばここに住んでいたお二人にお子さんはいなかったんですか!?」
はっとした伊織は失言を誤魔化すようにあからさまな話題転換を計った。ついでに「風邪を引きますよ」と相手を気遣うように見せかけアティラに毛布をそっと掛けた。
アティラは唐突な話題転換や行動にやや怪訝な表情を浮かべたが、それ以上は追求せず伊織の質問に答えた。
「子供? いるわけが無かろう? 汝、頭は大丈夫か? 転移の後遺症かの?」
アティラは呆れたような心配したような複雑な表情を浮かべる。
伊織はなんで頭まで心配されないといけないのかと不満に思いながら反論する。
「かけおちした恋人同士なら内縁状態でしょうし、子供の一人や二人いてもおかしくないでしょ? どうせサルのようにヤっていたに決まっていますし」
完全に偏見丸出しである。確かに何も無い森の中ではヤることが唯一の娯楽とはいえ、言い過ぎである。
一方、アティラは伊織の言葉を聞いてそういうこともあるのかと不思議そうに呟いた。
「もしや妖狐の間では男の子同士でもややこが出来るのであろか?」
「え?」
「え?」
「……今、なんて言いました?」
「んむ。男の子同士でもややこが出来るのかと言っ……」
「男同士ってなんですか!? 男と女の異性かっぽーじゃないんですか!?」
「妾は異性などとは一言も言っておらんが?」
アティラはしれっと言った。
なるほど。認識に行き違いがあったらしい。伊織は男女の恋人と思っていたが、実際は男同士の薔薇関係だったのだ。
「ホモじゃねーか! そりゃあ、許されないよ! 禁断の愛だよ! てか私も許さないよ!」
「そういうものか?」
「そういうものです! ホモはみんな死すべきなんです! ホモ、絶対許すまじ!」
怒りを漲らせ断言する伊織。これには深いわけがあった。
伊織が高校生の時である。
幼馴染で親友の阿武隈寛というイイ声の男子がいた。この阿武隈、高身長・筋肉質・顔が濃いという三拍子そろった男子臭溢れるイケメンで、運動神経に優れ頭も良く、女子にもてまくりという完璧超人だったのだ。
完璧すぎる性能はともかく、女子にもてまくりという、他の男子にとっては許しがたい点があったにもかかわらず彼は男子からも慕われていた。
それはひとえに彼の「女とは誰とも付き合わない」という宣言にあった。また、その宣言に通り女子には歯牙にもかけない態度が好感を呼んでいたのだ。
伊織もそんな硬派な阿武隈を幼馴染として親友として慕っていたし、頼もしさすら感じていたのだが、ある日事件は起きた。
暑さが残る晩夏の夕方であった。
伊織が下校しようと下駄箱を開けたところ、人生初の恋文が入っていたのだ。
伊織はすぐにその中身を確認すると、無記名ではあるが「ずっと好きでした。良かったら校舎裏に来て欲しい」といった内容がかわいい丸字で熱く書き綴られていた。
伊織は舞い上がり喜び勇んで校舎裏に向かう。
道中。字と同じようにかわいい子に違いないと云う期待と、丸文字を使う女なんてどうせブサイクだろうと云う不安を胸の中で織り交ぜながら校舎裏に到達。すぐに恋文女子の姿を探した。
しかし、そこには誰もおらず、なんだいたずらかとがっかりしていると何故かイイ笑顔の阿武隈が現れたのだ。
伊織は阿武隈が女子に伝言を頼まれたのかもしれないと思い、胸に期待を抱きつつ駆け寄った。すると阿武隈は伊織の手を掴み校舎裏の壁に押しつけた。
伊織は訳がわからずイイ笑顔のままの阿武隈を仰ぎ見た。ここで阿武隈は壁にどんと手を付き、覆い被さるような体勢で一言。
「伊織。手紙の通りだ。俺の男になれ」
で、あった。壁ドンである。
なるほど。「女とは誰とも付き合わない」という宣言はすなわち、「男とは付き合う」という意味だったのだと悟る伊織。
当然、ノンケの伊織はおことわりであると伝えたが、事はそう簡単では無かった。
阿武隈が「……そうか、仕方ない」と頷いたかと思うと、伊織の両手首を掴み強引に迫ってきたのだ。
「仕方ない」は「仕方ない(諦めるか)」という意味では無く、「仕方ない(実力行使だ)」という意味だったのだ。
阿武隈寛。ノンケでも構わず喰っちまう男だった。
それに阿武隈がこうも強行に迫るのには訳があった。ぶっちゃけ伊織に告白を断られるとは思っていなかったのだ。
しかも伊織のおことわりを聞いても阿武隈はまだ確信していた。伊織も口では渋りつつココロの中は満更でもないというか歓喜しているに違いないと。
セリフに起こせば「ホント寛は仕方ないなぁ。でもそんな強引な所も大好きだよ(ハート)」である。
残念だが阿武隈はウス=異本の読みすぎだったのだ。そんな己に都合のいい現実などあるわけが無いのにだ。
だが、そんな現実をすぐに認められるほど阿武隈は物分りがいい男ではなかった。
なにせ、初めて伊織と出会った時から十年以上誰にも悟られないようひっそりと暖めた恋である。少しくらい袖にされたくらいで引く理由などどこにもなかった。
結果、伊織の拒絶は誘い受けと理解。強行突破となってしまったのである。
一方、そんな事情を知るはずもない伊織は阿武隈に近づくとそのまま左足を振り上げた。
股間を強打された阿武隈は「きゅっ!」と間抜けな声を漏らし沈黙。なんとか事なきを得た伊織だったという顛末であった。
余談だが、こんな事があったにもかかわらず伊織はその後、阿武隈とあっさり和解。交友関係を継続したが、それはあくまで阿武隈の人間性を気に入っていたからであって、間違っても伊織に阿武隈以外の友人がいなかったからでは無いと申し開きさせて貰おう。
このような事情からから伊織はホモに対して辛辣な反応を取るようになってしまったのだ。
だが、そんな事情をアティラは知る由も無い。困惑気味な表情を浮かべ聞いた。
「で、結局、妖狐なら男の子同士でもややこが出来るのであろ?」
「出来てたまるかーー!」
あたりまえだと吼える伊織だった。
令和元年11月29日改稿




