化物の窟
山奥の真っ暗な洞窟の中で、大きないびきをかいて眠っているものがいた。
それは、普段から一切の危害を加えることはない。
それは、人々の住む場所までいびきの音が届くことはない。
それは、人々の前に姿を現すことはない。
――けれど、人々はそれを恐ろしいものとして、討つこととした。
「いいか? 相手は姿形すら分からない化物だ、油断したらどうなるか知らないぞ」
「分かってる、一気に畳み掛けて、さっさと殺してしまおう」
「ああ、そうだな……」
大勢集まった男達が、火を持って、洞窟の前に集まっている。
ああ、なんて熱気だろうか。男達はまるで祭りか何かを行っている時のように興奮している。
ああ、どうしてこんなに――。
「行くぞ!」
男の一声によって、後ろに控えていた男達も、一斉に声をあげて洞窟の中に入っていく。
男達の持っている火の光によって、洞窟の中は照らされた。
洞窟の中には大きな大きな体で、全身が毛で覆われた生き物――いいや、化物がいた。
男達はその姿を見て一瞬だけ怯んだが、すぐに声をあげて、化物に突撃していく。
ある者は刃物をその体に突き刺し。
ある者は木材を叩きつけ。
ある者は火を放り投げた。
「がああああああああああ!」
あまりの痛みに、化物は叫んだ。
その叫びは洞窟中に響き渡り、男達を怯ませる。
「ああ! なんて恐ろしい化物なんだ!」
一人の男が言う。
そんな男の言葉に、周囲の男達も続いていく。
こんなにも恐ろしい化物は、この場で殺してしまわなければならない。
いつ、麓に降りて、私達を襲うか分からない。
ああ、そうだ。この化物はとても恐ろしく、どこまでも化物なのだ。
殺してしまえ、殺してしまえ。
男達はまるで狂気に包まれたような奇声をあげながら、化物を殺そうとした。
それでも、化物は一切の抵抗をしなかった。
まるで、男達をこの洞窟の奥に、進ませないようにと道を塞ぎながら。
長く、長く、とても長い時間を化物は耐え凌いだ。
けれど、狂気に包まれた男達の攻撃に、ついに耐え切れずに倒れてしまう。
その瞳には、見た者を地獄に突き落としそうなほどに恨みが込められていた。
男達は、その姿に先程以上に喜びをみせた。
声を上げ、抱き合い、泣き喚いた。
そして男達は、この化物が、命をかけてまで守ろうとしたものを洞窟の奥に進むことで見ることになる。
「一体、この奥に何があるんだ?」
「こういう時っていうのはな、大概財宝が隠されていたりするってもんさ」
「そいつは、すげえな」
期待に胸を膨らませていた。
誰もが、その場所に夢を見ていた。
自分達は、命をかけて、あの化物を倒したのだ。
それ程のことをやり遂げたのだと。
――その場所は、小さな部屋のようになっていた。
少女は、その場所の小さな、なんとなく寝床のようになっている場所で、眠っていた。
ああ、この場所には、財宝はないのだ。
男達は落胆を隠せなかった。
あの化物が、命をかけてまで守ろうとした場所には、こんな少女が一人眠っているだけなのだから。
「おい、おい起きろ!」
「……誰?」
「お前、名前はなんだ、どうしてこんな場所にいるんだ」
「あの人は、どうしたの?」
「あの人? あの化物のことか? それなら殺したぞ」
「殺した?」
「ああ、そうだ」
「……そっか」
少女は、それ以降、喋らなかった。
誰が話しかけても、一切、口を開かなくなった。
少女にとって、あの化物は一体、どういった存在だったのだろうか。
男達は、少女をつれて自分達が住む場所へ帰った。
人々は喜び、その日は大勢での宴が行われた。
そんな中連れて帰った少女だけは、表情を変えることもなく、一人だった。
少女は、男達の中でも、子の居ない夫婦に引き取られた。
最初の内は、少女はとても可愛がられていた。
けれど、あまりにも少女が無愛想で、何も喋ろうともしないので、夫婦は少女に構うことがなくなった。
食事も与えず、話しかけることもなく。最初から居なかったかのように。
少女は常にジッとしていて、一定の場所から動かなかった。
食事を与えられることのなかった少女は、次第に動かないのではなく、動けなくなっていった。
このまま食事を与えずに死なれても困るので、一度、夫婦は少女に再度食事を与えた。
けれどその時にはもう、少女は食事に手をつけることはなかった。
――気づいた時にはすでに、少女はいなくなっていた。
一体、少女は何処に行ったのだ。
それまで放置していたというのに、夫婦は気が狂ったように少女を探した。
夫婦達を見かねて、大勢の男達が少女を探してまわった。
――少女は、化物の居た洞窟に居た。
まるで眠るように、そこに、あの化物が居るかのように。
安らかに、優しい表情で、息を引き取っていた。
そんな表情を、男達はもちろん、夫婦さえも見たことがなかった。
ああ、少女にとって、この場所と、あの化物だけが家族だったのだ。
愛する者が殺されて、勝手に連れ去られて。
それでも最後には、この場所に戻ってきた。
それが彼女の幸せであり、最後だったのだ。
人々は、その少女の墓を作った。
化物の墓と共に。
せめて最後は、二人が共にいられるように――。




