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砂糖漬けで溺れる小話

作者:

いちゃいちゃする話が好きなので、再び書いてみました。

砂糖を吐くほど甘い様……虫歯になるようと言ってもらえれば幸いです。


 最近のご主人は私に溺れている。

 目の前にひかれた敷布団に、白地のシーツをかぶせながら、真紅の長髪を湛えた妖精の少女――天枷はふとそんなことを考えていた。

 溺れているという表現は適切でないかもしれないが、最近の天枷は彼女の主人――神崎のペースに飲まれがちであった。

 彼女自身、そのことが嫌なわけではなかった。頼られること、必要とされることに嬉しさもあれば喜びもある。

 また何よりも、最愛の人に欲される時間は天枷にとっても望むべき時間だ。

 しかし、問題なのはその時間。

 いかな良薬も過ぎれば口に苦しであり、暖かな泥沼にゆっくりと浸りゆくような饒舌尽くしがたい快楽と共に堕落へと進む片道列車への切符となる。

 天枷は分かっていたのだ。このままではご主人も自分もただただ堕ちていくだけだと。

「はぁ……ご主人」

 思い詰めた深く重い溜息。

 ハリネズミのジレンマとはまさにこのこと皮肉の極みである。

 寄り添おうとすればするほど、互いに相手を堕落させる、今の神崎と天枷は、あたかも互いを沈めあう難破船。

 沈むまいともがくたびにどんどんと深みにはまり、また相手から離れようとするたびに、離すまいと相手が手を引く。無限ループで堕ちていく。

「好きだって言ってくれるのは嬉しいけれど……」

 天枷と神崎は長い時間を共にしてきた共生者であったが、それはあくまで生きていく上での共存と言うだけ。

 ただただそれだけの関係だったのだ。

 しかし、それは数日前までの話。

 共に刻んできた時間の中で、日々を共に過ごす以上に重ねた想いを、互いに告げることができたのだ。

「ご主人」

 一言呟いて、あの時のことを天枷は思い出していた。

 自分を抱きしめながら、ご主人は私のことを好きだと言ってくれた。あれは夢のようで夢ではない、紛う事なき現実。思い出すだけで嬉しさと恥ずかしさで顔が赤くなる。

 自分の顔がかぁと赤くなることをはっきりと天枷が感じると同時に、真紅の長髪に鉄火の輝きがにじみ出る。

 空気が静かに震え、輝きを追うように熱を伝えて歩きまわる。

 脳裏に神崎の微笑が映る。

 あの無邪気で、まっすぐに自分のことだけを見つめる微笑が、記憶のスクリーンに投影されて離れない。

 心臓の鼓動が大きくなる。

 鋭い鋼線が胸を締め付けるような切なさが天枷を攻めたてては、その度に鼓動を大きくさせる。

 その時だった。

「天枷―、帰ったぞー」

「――っ!?」

 バンと音を立てて扉を開け、神崎が部屋に入ってきたのだ。

 急な出来事に天枷は体を跳ね上がらせる。

「ご、ご主人?」

「おー、ただいま」

 部屋に踏み入る神崎の足取りは、口調の軽やかさと同様に軽く、どこか地面をとらえきれていない。

 いわゆる千鳥足である。

 右や左に体を揺らせながら、ふらふらと、しかし確実に天枷の方に神崎は歩いてゆく。

「お、おかえりなさい……って、ひょっとしてお酒飲んでます?」

「んー、どうかな?」

「ちょ、ちょっとご主人!」

 天枷の質問をさらりと流しながら、神崎はふらついた足取りのまま天枷に近づき、そのまま天枷に抱きついた。

 突然抱きつかれ、天枷はバランスを崩し、シーツを引いたばかりの布団に倒れこんでしまう。

「んー、天枷」

 神崎は抱きつき倒れこみ、自由のままに天枷を抱きしめ、その横顔に頬をすり寄せる。

「ご主人、ちょっと、だ、駄目ですって……や、ご主人」

 体つきも一回り小さい天枷には、神崎をどうこうする術も無し。

 されるがまま、成るがままに身を任せるのみである。

「天枷からいい匂いがする……」

 すんすんと鼻を鳴らしながら、神崎は天枷の匂いで鼻孔を満たす。

「ん、くずぐったいですって」

 神崎の天枷を求める吐息が首筋に当たり、何とも言えないむず痒さが背筋までを走りぬける。

「天枷は可愛いなぁ……甘い匂いがするし、砂糖菓子みたいだ」

「そ、そんなんじゃありま――ひゃぅ!?」

 急な嬌声が部屋に響く。

 匂いだけに飽き足らず、天枷の耳を神崎が甘噛みしたためだ。

 妖精独特の少し尖った耳の先を、神崎は唇を歯の代わりに優しく咥えていた。

 神崎の口の中に天枷が広がる。

 咥えた先は、天枷の感情を映すようにみるまに熱を帯びていく。

「ん、天枷、好きだ……ん、はぁ」

 乳飲み子のように、離すまいと、逃すまいと、必死に天枷の耳に甘くかじりつく。

「や、んっ……は、あぁっ、ご主人、私も……」

 神崎に耳を弄ばれながら、天枷も気持ちが溢れる。

「ね、ご主人……お願い、ぎゅってして下さい。思い切り、ぎゅって」

 抱き着く背中に手を回し、天枷はこうしてくれと言わんばかりに神崎を強く抱きしめる。

 気持ちに感応してか、天枷の長髪がにわかに赤みを帯び、赤熱した鱗粉を舞いあがらせる。

「抱きしめるだけでいいのか?」

 口を離し、顔を持ち上げて天枷を見下ろしながら、神崎は悪戯そうに笑う。

 聞くまでもない、そんな答えは分かっているだろうに。

 見上げる天枷の双眸は、何を求めるか、潤いを波打たせながら神崎を映し出す。

「もう、意地悪しないでくださいよ」

「意地悪したつもりはないが」

 小首を傾げ、神崎は続ける。

「酔ってるかどうか聞いてたっけ?」

 先程の天枷の言葉を思い出し、神崎はさらに悪戯っぽく笑う。

「自分の口で確かめてみてくれ」

 天枷の返事を聞くよりも前に、神崎はその口を自らのそれで覆う。

「ん、ふぁ……ご主、人」

 それを受けて入れて尚、天枷はさらなる深みへと誘う。

 唇を重ねるだけでなく、互いへの気持ちを貪る様に舌を絡め、深く接吻を交わす。

 先程までの物思いなど今は遥か空の彼方。

 好きな気持ちが溢れ出て止まらない。

 微かに口の中に広がる葡萄の酸味、酒の香りが気持ちを向上させる。

「ん、で、どうだった」

 一度口を離し、神崎は天枷を見つめながらそう問いかける。

「やっぱりお酒飲んでるじゃないですか」

 少し頬を膨らませながら、天枷は神崎の問に答える。

「ばれたか」

「お酒に酔って押し倒すなんて、あんまり褒められませんよ」

 相も変わらず意地悪く微笑む神崎に、天枷はぷいと顔をそむけてしまう。

 また流されてしまった自分が疎ましく、少し嫌気が起きていた。

「でも、嘘は言ってないぞ?」

 そんな天枷の気持ちを察してか、頬にそっと口づけをしながら神崎は、紅蓮に染まった長髪を撫でてやる。

「ほら、機嫌治せよ」

 言いながら、神崎は髪に通した手に力を込めて、そっぽを向いた顔を自分の方に向けさせようとする。

 しかし天枷はそれに少しの抵抗を加える。

「天枷」

 口調を軽く上げ、命令するように名前を呼んでくる。

 天枷は思う。

 あぁ、溺れているのはどちらであろうか。

 ご主人が自分に溺れているのだろうか、それとも自分がご主人に溺れているのか。

 こうして名前を呼ばれると、どうにも逆らえなくなってしまう自分がいる。

 そうして結局、天枷は逆らいきれずに神崎を正面から見つめるのだ。

「天枷……好きだ」

 言葉と共に神崎は再び口付けをする。

 今度は浅く、重ねるだけの口付けを。

「ん……私も好きですよ、ご主人」

 そうして二人は堕ちていくのである。

 天枷は思う。

 溺れ堕ちることは良いか悪いか分からないもの。

 しかし、はてさてどうしてだろうか。

 最愛の人と堕ちることは、どうしてこうも心地よいであろうか。

 全く、最近のご主人は私に溺れている。


途中で自分が耐えられなくなりました。

本当はもう少し先まで書きたかったですが、これ以上いくと年齢制限まっただ中になりそうだったので、今回はここまで!

多少締め方が強引だったかと反省しております。

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